書 面
2015年3月
原告側準備書面
(1次)準備書面2 被告側回答に対する反論等(2015年3月2日)
2015年1月
被告側準備書面 求釈明に対する回答
被告 安倍晋三 第1準備書面(2015年1月20日)
被告 国 第1準備書面(2015年1月29日)
被告 靖國神社 第2準備書面(2015年1月30日)
2014年12月
原告側求釈明
答弁書に対する求釈明(2014年12月1日)
2014年10月
被告側準備書面
被告 靖國神社 第1準備書面 答弁書補充(2014年10月31日)
2014年9月
被告側答弁書 等
被告 安倍晋三 答弁書(2014年9月16日)
被告 国 答弁書(2014年9月16日)
被告 靖國神社 答弁書(2014年9月22日)
被告側証拠説明書(2014年9月16日)
訴 状
2014年4月21日
東京地方裁判所 民事部 御中
原 告 別紙当事者目録のとおり
原告ら訴訟代理人 別紙代理人弁護士目録のとおり
〒100-0013
東京都千代田区永田町二丁目3番1号 首相官邸
被 告 安 倍 晋 三
〒100-0013
東京都千代田区霞ケ関一丁目1番1号
被 告 国
代表者法務大臣 谷 垣 禎 一
〒102-0073
東京都千代田区九段北三丁目1番1号
被 告 靖 國 神 社
代表者代表役員 徳 川 康 久
安倍首相靖國神社参拝違憲確認等請求事件
訴 額 913万円
貼用印紙額 4万8000円
添付郵券額 1万0160円
請求の趣旨
1 被告安倍晋三は,内閣総理大臣として靖國神社に参拝してはならない。
2 被告靖國神社は,被告安倍晋三の内閣総理大臣としての参拝を受け入れてはならない。
3 原告関千枝子及び原告李煕子と被告国との間で,被告安倍晋三が2013(平成25)年12月26日に内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことが違憲であることを確認する。
4 原告関千枝子及び原告李煕子と被告靖國神社との間で,被告靖國神社が2013(平成25)年12月26日に被告安倍晋三による内閣総理大臣としての参拝を受け入れたことが違憲であることを確認する。
5 被告らは,各自連帯して,原告それぞれに対し,金1万円及びこれに対する2013(平成25)年12月26日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び第5項につき仮執行の宣言を求める。
請求の原因
第1 当事者 7
1 原告ら 7
(1)原告らについて 7
(2)原告らについての個別的な説明 7
2 被告靖國神社 8
3 被告安倍晋三 8
4 被告国 9
第2 被告靖國神社の沿革と役割 9
1 靖國神社の沿革 9
(1)東京招魂社の創建 9
(2)アジア太平洋戦争の敗北 9
(3)「宗教法人靖國神社」の成立 10
2 戦前・戦中における靖國神社の特別な位置付け 10
(1)国家神道の中心的神社 10
(2)靖國神社と天皇 11
(3)靖國神社への国家的援助 11
(4)靖國神社と軍 11
(5)総力戦・国民総動員体制下の靖國神社 12
(6)仏教・キリスト教等との関係 12
3 戦後の被告靖國神社 13
4 靖國神社が行う合祀 14
(1)靖國神社における合祀の流れ 14
(2)靖國神社における合祀の特色 14
(3)靖國神社が行う合祀の国家行為性 14
5 まとめ 15
第3 靖國神社の存立と首相参拝をめぐる被告靖國神社と被告国の協力 16
1 「靖国神社法案」をめぐる動き 16
2 内閣総理大臣の靖國神社参拝と被告靖國神社の本件参拝受入行為 16
第4 首相による靖國神社参拝とこれに対する批判や訴訟等 17
1 中曽根参拝 17
(1)靖国懇設置 17
(2)中曽根首相の公式参拝と被告靖國神社の受入れ 17
(3)参拝に対する批判抗議など 17
(4)中曽根首相公式参拝違憲訴訟 18
2 小泉参拝 19
(1)小泉首相による公式参拝と被告靖國神社の受入行為 19
(2)参拝に対する批判抗議など 19
(3)小泉首相靖国参拝違憲訴訟 19
第5 被告安倍の靖國神社への参拝と靖國神社の協力行為 20
1 本件参拝へ至る経緯 20
(1)靖國神社参拝をめぐる被告安倍の言動 20
(2)被告安倍の侵略戦争を正当化する言動 22
(3)天皇制をめぐる被告安倍の言動 23
(4)安全保障等をめぐる被告安倍の言動 23
(5)まとめ 24
2 被告安倍の本件参拝行為 25
3 被告靖國神社の参拝受入れ 29
4 本件参拝への国内外の批判や反響 29
(1)国内の世論調査の結果 29
(2)与野党幹部・政府関係者の批判や反響 29
(3)宗教界からの抗議 30
(4)国外の批判や反響 31
5 まとめ 32
第6 本件参拝行為及び本件参拝受入行為の違憲性乃至違法性,原告らの被った損害 32
1 本件加害行為 33
2 本件における靖國神社の行為の性格(国家の行為と同一視すべき) 33
3 政教分離違反 34
(1)政教分離原則の趣旨 34
(2)本件参拝及び本件参拝受入行為は政教分離原則に反する 34
(3)許容される分離の程度(レーモンテスト) 35
(4)目的効果基準 35
4 信教の自由(無信仰,無宗教の自由も含む)の侵害 36
5 宗教的人格権 36
6 平和的生存権 37
(1)平和的生存権の憲法上の根拠及び具体的権利性 37
(2)本件参拝による原告らの平和的生存権の侵害 37
7 在韓原告らの人格権侵害 39
(1)宗教的人格権 39
(2)平和的生存権 40
(3)戦没者遺族の人格権 40
8 自由権規約第18条違反 41
(1)自己の宗教ないし信念を保持する自由 41
(2)本件参拝行為およびその受入行為自体による侵害 42
(3)合祀を肯定・助長することによる侵害 42
9 損害 43
第7 本件参拝及び本件参拝受入行為の差止め 43
1 被告安倍の参拝行為の差止め 43
(1)差止めの必要性が高いこと 43
(2)重大な損害が生じるおそれが大きいこと 45
(3)結論 45
2 被告靖國神社の受入行為の差止め 45
(1)差止めの必要性が高いこと 45
(2)重大な損害が生じるおそれが大きいこと 46
(3)結論 46
第8 違憲の確認 46
第9 被告国の責任(国家賠償責任) 47
1 主体及び職務関連性 47
2 故意過失 48
(1)首相の靖國神社参拝に伴う違法性と精神的苦痛の熟知 48
(2)戦没者合祀に伴う違法性と精神的苦痛の熟知 48
(3)小括 49
3 違法性及び権利侵害 49
第10 被告安倍の個人責任 49
第11 被告靖國神社の責任 50
1 被告靖國神社による合祀行為 50
2 遺族による合祀取下訴訟 51
3 本件参拝の態様 51
4 共同不法行為責任 51
5 まとめ 52
第12 憲法判断のあり方 52
1 日本国憲法における憲法判断の枠組 52
2 本件参拝に対する憲法判断の必要性 53
3 まとめ 53
第13 請求原因の背景事実 54
1 安倍内閣の憲法政策-立憲主義への挑戦,立憲主義の破壊 55
(1)日本国憲法改正草案 55
(2)憲法96条先行改憲論 55
(3)集団的自衛権の行使容認 56
(4)特定秘密保護法の制定と戦争遂行の大本営に相当する日本版NSC(国家安全保障会議)の創設 56
2 被告安倍による靖國神社参拝の意図 57
3 本件訴訟の意義 58
第14 結語 59
第1 当事者
1 原告ら
(1)原告らについて
原告らはいずれも,被告安倍晋三(以下「被告安倍」という。)が内閣総理大臣に在任中である2013(平成25)年12月26日,靖國神社に参拝した行為(以下「本件参拝」又は「本件参拝行為」という。)及び被告靖國神社が本件参拝を受け入れた行為(以下「本件参拝受入(行為)」又は単に「参拝受入(行為)」という。)により,後記のとおり権利ないし利益を侵害された者である。
(2)原告らについての個別的な説明
ア 宗教者
原告らには,長年にわたってキリスト教,仏教等を信仰し,その信仰活動および布教活動に勤めてきた者が含まれている。当該原告らは,本件参拝及び本件参拝受入行為により,首相が靖國神社という特定の宗教団体に関与し,靖國神社が戦没者の慰霊および顕彰を行うにあたって特別な位置にあることを公に示され,靖國神社とは異なる自らの信仰に対して強い圧迫干渉を受け,信教の自由等を侵害された。のみならず,国と靖國神社の一体化が進められることにより,戦前の国家神道による宗教支配が再度もたらされることに対し,強い恐怖感を覚えるものである。
イ 在韓国人
原告らには,現在も韓国籍を有し,韓国内に居住しており,戦時中の日本による強制連行等により動員された者の遺族が含まれている。また,靖國神社に合祀された韓国人の遺族も原告らに含まれている。
日本は,朝鮮半島への侵攻,韓国併合,そして第二次世界大戦が終了するまでの長きにわたり,韓国をはじめとする多くの人々の命を奪い,各国に多大な被害を与えた。本件参拝及び本件参拝受入行為は,一連の戦争を行った日本を賛美し,当該原告らおよびその親族らが第二次世界大戦における日本軍の行為によって被った多大な被害を蔑ろにするものであり,当該原告らの民族的追悼権その他の人権を侵害し,著しい精神的苦痛を与えるものである。また,靖國神社には当該原告らの意思に反して遺族が合祀されているところ,本件参拝及び本件参拝受入行為は,そうした合祀を正面から肯定するものであって,当該原告らの宗教上の人格権,遺族感情をも踏みにじるものである。
ウ その他市民等
原告らは,被告安倍が首相に就任して以来,たびたび日本国憲法の改正を企図し,従前積み上げられてきた憲法解釈を独断で変更することによって集団的自衛権の行使を容認するなど,一貫して立憲主義に敵対する発言や行動を繰り返してきたことを極めて強く憂慮する者たちである。そして,本件参拝及び本件参拝受入行為が,戦時中の日本を賛美し,日本が戦争の主体となることを精神的な面から準備するものに他ならないところ,原告らは,本件参拝及び本件参拝受入行為によって,自らの理念や思想を踏みにじられ,日本において生活を送るうえで多大な不安と脅威にさらされており,平和的生存権その他の人権を侵害されたものである。
2 被告靖國神社
被告靖國神社は,宗教法人法による宗教法人である。東京都千代田区にその社務所を置き,その目的を「明治天皇の宣らせ給うた『安国』の聖旨に基き,国事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行ひ,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者(以下「崇敬者」といふ)を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行ふこと」とする神社である(宗教法人「靖國神社」規則第3条(1952(昭和27)年9月30日制定))。
すなわち,被告靖國神社は,さき一連の戦争において天皇ないし国体のために死んだ戦没者を英霊として顕彰し,ひいては戦争を賛美し,参拝者を戦争へと動員するための精神的教化をなす為の施設である。
被告靖國神社による本件参拝受入行為は,かかる理念に基づきなされたことは明らかである。
3 被告安倍晋三
被告安倍は,本件参拝当時から現在まで,内閣総理大臣の地位にある者であり,その任期は,衆議院議員の任期満了による総選挙が見込まれる2016(平成28)年12月までである。
被告安倍は,2006(平成18)年から2007(同19)年に掛けても内閣総理大臣を務めたが(第1次内閣),その期間には靖國神社への参拝を行わなかった。このことにつき,同人は「痛恨の極み」と表明し,第2次内閣の組閣後である2013(平成25)年10月には「年内に必ず参拝する」と周囲に発言した。
被告安倍は,過去に内閣総理大臣を務めた際の念願を叶えるべく,本件参拝に及んだものであり,自らの行為が与える社会的影響や問題性について十分に自覚していたものである。
4 被告国
被告国は,靖國神社を創建し,明治年間から国家機関の一部としてこれを設置・運営していた。
戦後においても,戦没者慰霊の中心施設は靖國神社であるとの認識を維持し,靖國神社が行う戦没者合祀に不可欠の資料である戦没者およびその遺族に関する個人情報を同神社に提供して同神社の戦没者合祀に支援・協力してきた。また,内閣総理大臣や閣僚その他の国会議員が,積極的に同神社に参拝してきた。これらの行為が繰り返されることにより,被告靖國神社という宗教法人が,戦没者慰霊の中心施設であるとの認識を国民の間に普及させることを援助・助長・促進してきたものである。
第2 被告靖國神社の沿革と役割
本件参拝の違憲性乃至違法性を明らかにするためには,被告靖國神社の沿革とこれが果たしてきた役割を明らかにする必要がある。
1 靖國神社の沿革
(1)東京招魂社の創建
靖國神社の前身は,1869(明治2)年に東京・九段に創建された官祭招魂社(明治維新期の政争における官軍側犠牲者を祀るものであり,国の保護・管理を受けたもの。)としての東京招魂社に遡る。東京招魂社創建に当たっては,その創建が「天皇の大御詔」に基づいていることが強調され,幕末維新期における官軍側(新政府軍側)犠牲者を祀ることを目的とされていた。
東京招魂社は,西南戦争の後,1879(明治12)年に「靖國神社」と改称し,官祭招魂社の系列では唯一,別格官幣社(臣下を祭神に祀った官幣社である。)の社格が与えられた。
(2)アジア太平洋戦争の敗北
1945(昭和20)年8月15日,日本は,アジア太平洋戦争に敗北し,GHQの支配下,帝国軍隊は解体されると共に,間接的形式による統治のもと,日本の民主化政策が行われた。
同年12月1日,陸軍省・海軍省が廃止されたことにより,靖國神社は第一復員省・第二復員省の管轄となった。
同年12月15日,GHQは,民主化政策の一環として,いわゆる「神道指令」を発出した。「神道指令」は,政教分離原則の徹底を求めるものであり,国家と神道との特別な関係はことごとく絶たれていった。1946(昭和21)年2月2日,神祇院の廃止に伴い,神社関係のすべての法令が改廃され,また官国幣社などの社格制度も同日付で廃止された。全国の神社は,この日以降,宗教法人令による一宗教法人とみなされ,別格官幣社だった靖國神社も同様に,6ヶ月以内に届け出がなければ解散したものとされることになった。
(3)「宗教法人靖國神社」の成立
これら一連の措置により,制度としての国家神道は廃止され,また,GHQによる靖國神社解体方針に直面し,靖國神社は存亡の危機に立たされることになったが,旧帝国政府関係者・旧軍関係者・旧国家神道関係者等々の奔走や天皇制温存活用というGHQ自体の占領政策から,靖國神社は民間の一宗教法人として存続することとなった。
その後,靖國神社は,1951(昭和26)年4月に施行された宗教法人法によって,翌1952(昭和27)年8月1日付で宗教法人の設立公告をし,9月に東京都知事の認証を受けた。これに伴って「宗教法人『靖國神社』規則」と「靖國神社社憲」が制定された。
2 戦前・戦中における靖國神社の特別な位置付け
(1)国家神道の中心的神社
靖國神社は,国家神道の中心的な神社として位置付けられるものであった。
靖國神社の前身である東京招魂社は,直近の幕末維新期の政争・内戦における官軍側犠牲者を祀る官祭招魂社を代表するものであることで,直接に近代天皇制国家を創りだしたとされる現実の人物を祭神とする神社として,特別の待遇を受けていた。そして,東京招魂社から靖國神社への改称は,西南戦争等を経て基盤の固まった大日本帝国の護持という国家的性格が付与されたことを象徴的に示していた。すなわち,対内的には,西郷隆盛など明治維新の最高の勲功者であっても,いったん維新政府に刃向い,賊軍の将となった以上は祭祀しないとする一方で,大日本帝国が開始したアジア侵略(1875(明治8)年江華島事件)における,戦没者(1人の水夫)については直ちに合祀を行い,大日本帝国が行う対外戦争における戦没者を「英霊」として顕彰する体制を構築した。この体制は日清・日露戦争という大規模・本格的帝国主義戦争における10万人を越える大量の戦没者の合祀によって完成し,以降,国民の兵役動員のために不可欠の軍事機関として発展し機能してゆくことになったのである。なお,この「英霊」のなかには,朝鮮への侵略に際しての義兵との戦闘や,台湾における「理蛮」戦闘における戦没者も多数含まれる。
(2)靖國神社と天皇
靖國神社の祭神は,陸海軍官房が選定のうえ,天皇への上奏と裁可によって決定される構造となっており,例大祭・合祀祭には必ず勅使が参向するのが常であった。
また,1874(明治7)年に始まる天皇の行幸と親拝は,靖國神社の存在にとって不可欠のものとなっていった。
(3)靖國神社への国家的援助
神社に対する国家的出捐の点でも,靖國神社は特別の待遇を受けていた。
多くの官社に将来における「独立自営」を促す方針が採られた明治の一時期においても,伊勢神宮と靖國神社だけは,その「独立自営」方針の例外とされており,国家からの永続的な経費支出が認められていた。靖國神社の場合は,1879(明治12)年6月のその創建時に「建築,修繕費及び一切の経理は,陸軍省の専任たるべし」と定められていたが,その後も靖國神社への経費支出は,従来通り陸軍省に大蔵省から「渡し切り」の寄付金として支出されることが決められていた。
(4)靖國神社と軍
靖國神社の前身である東京招魂社は,軍務官の主導によって設置され,軍務官の管理にあったが,やがては兵部省の管轄下になり,さらに陸軍省・海軍省の管轄となる。これが別格官弊社靖國神社に変わったときには,陸軍省・海軍省・内務省の共同管轄となるが,1887(明治20)年には再び内務省の管轄を離れ,陸軍省を中心とする軍の管理が持続した。こうした軍の管理する神社は,靖國神社以外にはなかった。また,兵部省(やがて陸軍省となる)の係官である御用係が社司などを指揮監督していた。靖國神社になってから宮司が置かれ,内務省が任免をしていたが,1887(明治20)年からは陸海軍省が任免するようになり,陸海軍の将官が就任していた。
そして,靖國神社となったときから,陸海軍人が陸海軍を代表して,例大祭などの祭式の準備などを取り仕切っており,靖國神社の神職にはその権限がなかった。軍隊参拝は東京招魂社の創建時から行われており,例大祭・臨時大祭の度に実施されていた。さらに,警護も,当初から主として東京憲兵隊が行っていた。これ以外に臨時大祭や例大祭には,憲兵隊以外に警護のための兵隊の派遣があった。例祭日に関しても,当初は鳥羽伏見の闘いから箱館戦争に至る戊辰戦争の4つの戦勝記念日が選ばれ,それに西南戦争の戦勝記念日が加わっていた。この例大祭が変更になるのが日露戦争の後であり,陸軍・海軍それぞれの凱旋記念式典の挙行された日が,靖國神社の例祭日となった。
(5)総力戦・国民総動員体制下の靖國神社
靖國神社の存在が国民全体へ浸透していくのが日中全面戦争下のことであった。国民精神総動員運動の一環として,日中戦争の「護国の英霊合祀」を行う靖國神社の臨時大祭に際し,「天皇陛下御親拝の時刻を期し」て「全国民黙祷の時間設定」を行うようになったのも,1938(昭和13)年4月からのことである。そして,同年秋の臨時大祭からは,同じ日に各地域での「慰霊祭」の実行も求められることになる。植民地での神社参拝の強制も,この日中全面戦争下で本格化する。出征兵士が「靖國神社で逢おう。」と言ったということが盛んに喧伝されるのも,この日中全面戦争期に始まる。
こうした中で,靖國神社の祭神に祀られる戦死こそが,日本人としての最高の道徳的行為であるという建前が,学校教育や軍隊はもとより,新聞・放送・小説・歌・映画・演劇などあらゆるメディアを通じて広く喧伝されるようになる。
また,日中全面戦争期には,戦没者の遺族への援護体制が充実してくるが,靖國神社への合祀や遺族の参拝も,その遺族援護の枠組みの中で処理されていくようになる。例えば,遺族に対する地方での「公葬」の慰霊祭への招待や,靖國神社参拝に際しての遺族の鉄道無賃または割引乗車や参拝補助費の給付などであった。
(6)仏教・キリスト教等との関係
ところで,このような靖國神社は,当然ながら,他の宗教との矛盾軋轢をもたらす場合があった。
靖國神社の場合には,戦没してそこに祀られた祭神は,日本の国家や軍隊を守り,その発展を保障するというイデオロギーに立脚していた。こうした靖國神社の宗教観念に違和感を持つ動きは,仏教やキリスト教などの中で,大正中期頃から顕在化してきた。
そして,1920年代にカトリックは,その教義からあらゆる神社参拝を拒否する方向に立つようになっていた。これを問題視した軍の行動を象徴するものとして,例えば上智大学軍事教練事件が存する。事件は,満州「事変」後の1932(昭和7)年,軍事教練の一環として,カトリックの上智大学の学生に靖國神社への集団参拝を命じた配属将校の命令に対して,学生の一部が参拝を拒否したことに始まる。陸軍は上智大学からの配属将校引揚げをするなどの強硬姿勢に立ち,カトリック側は遂に屈服せしめられ,結局,神社参拝を「非宗教的な儀礼」として容認することとなった。
さらに,仏教各派の管長も1934(昭和9)年には靖國神社への集団参拝を行うようになる。
このように,靖國神社をめぐる宗教的な批判や紛争は,1930年代には次第に抑圧され,諸宗教はそれに屈服するようになったのである。
また,従来は,神社への集団参拝の強制は,小学生の場合だけ「敬神崇祖」の教育訓練の一部として認められていたが,それが前記上智大学事件を突破口として,中学生以上にも集団参拝の強制が認められるようになった。
3 戦後の被告靖國神社
前述のとおり,靖國神社は,アジア太平洋戦争の敗戦後,宗教法人となった。しかし,これは単に外見上宗教法人となったにすぎず,本質は戦前・戦中の靖國神社と何ら異なるところはない。
例えば,「宗教法人『靖國神社』規則」の「規則」第3条では,靖國神社の目的を「本法人は明治天皇の宣らせ給うた『安国』の聖旨に基づき,国事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行い,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,社会の福祉に寄与し,その他本神社の目的を達成するための業務を行うことを目的とする。」と明記し,靖國神社の宗教団体としての性格を語り,創建の主旨と伝統を,戦後も一貫して引き継ぐことを宣明している。また,「靖國神社社憲」の前文では,「本神社は明治天皇の思召に基き,嘉永6年以降国事に殉ぜられたる人人を奉斎し,永くその祭祀を斎行して,その『みたま』を奉慰し,その御名を万代に顕彰するため,明治2年6月29日創立せられた神社である」とある。靖國神社は「天皇の神社」であると言われるが,その理由の一つは,創建以来,一貫して明治天皇の「聖旨」に基づいて英霊の奉斎(つつしんで祀ること)を行ってきたからで,戦後も,それに従って祭祀などを執り行うなどの創建の趣旨を継承していくこと明らかにしているのである。
そして,戦没者を英霊として崇めることにより,アジア・太平洋戦争を「聖戦」視するという歴史認識についても,戦後の靖國神社は戦前・戦中とは何ら違えることはない。
このように,靖國神社は,戦後,法形式上は宗教法人となったが,創建の趣旨は維持され,天皇制護持を主旨とする祭祀が行われ,戦前・戦中と同じ歴史認識を有し,また戦前・戦前・戦中と同じ祭祀を執り行い,後述するように合祀手続に至るまで国と共同行為を続けているという点で,まさしく戦前・戦中との一貫性は明らかである。
4 靖國神社が行う合祀
(1)靖國神社における合祀の流れ
靖國神社が行う合祀とは,要するに,既に祀られている祭神に新たな戦没者を「英霊」として同座,合わせて祀るということである。
神道においては,神が宿るところの対象が御神体とされ,御神体は依代(よりしろ)などと呼ばれる。靖國神社における御神体は鏡・剣とされている。
合祀にあたっては,まず,個々の祭神の氏名等が記載された霊璽簿を招魂齋庭に設置された祭壇に置き,祝詞をあげ,魂を招き入れるとされる儀式が行われる(招魂式)。
その後,この招魂式を経た霊璽簿を,神体の祀られてある本殿に運ぶ。本殿に運ばれた霊璽簿に対して,さらに祝詞があげられ,魂を御神体に移すとされる儀式が行われる。これが招魂祭・霊璽奉安祭と呼ばれる儀式である。この霊璽簿から御神体に魂が移った段階で,個々の祭神は初めて靖國神社の祭神となる。
翌日,勅使参向のもと礼大祭・合祀祭が斎行されて,合祀が終了する。 一方で,魂の抜かれた霊璽簿は,その後,霊璽簿奉安殿に安置される。
(2)靖國神社における合祀の特色
まず,合祀祭が行われる点で,靖國神社(及び護国神社)は,他の全ての神社と区別することができる。他の神社は祭神が歴史的に特定されており,新しい祭神を合祀することは殆どない。したがって,他の神社には大祭としての合祀祭は存在しない。
また,他の官幣社や国幣社が明治以降に生まれた人物を祭神として祀ることがなかったのに対し,靖國神社(及び護国神社)は明治以降に生まれた人物をも合祀する。国家神道体制下の業績を理由として祭神となり,天皇の祭祀を受けることができたのは,靖國神社の祭神だけである。靖國神社(及び護国神社)だけが将来にわたって際限なく祭神を増加させる構造となっているのである。
(3)靖國神社が行う合祀の国家行為性
また,以上のような特色に加え,以下のとおり,靖國神社が行う合祀は国家行為と同視すべきもの,あるいは国家行為そのものとされてきたといってよい。
ア 戦前・戦中
戦前・戦中は,陸海軍省で一定の基準を定め,戦没者が生じた時点において陸海軍官房内に審査委員会が設置され,出先部隊長または連隊区司令官からの上申に基づき,個別審査のうえ,陸海軍大臣(他省関係大臣会議の場合もある)から天皇に「上奏」し,「裁可」を経て,合祀が決定され,官報で発表,合祀祭が執行された。
このように戦前・戦中は,国家神道思想に基づき,靖國神社への戦没者行為はまさに国の行為として行われていた。
イ 戦後
戦後は,1945年11月19日,将来靖國神社に祭られるべき陸海軍軍人軍属等の招魂奏斎のための臨時大招魂祭が執行され,同祭において招魂された「みたま」の中から,合祀に必要な諸調査の済んだ「みたま」を,1946年以降57回にわたって合祀してきている。
戦後の靖國神社における合祀においても,敗戦後の第一・第二復員省の資料及び厚生省からの通知に基づき,旧陸海軍の取扱った前例が踏襲されている。すなわち,戦後も厚生省は,戦前の例にしたがい,合祀対象になるアジア太平洋戦争の軍人・軍属等の戦没者について,戦没者名簿を作成し,少なくとも1977年ころまではこれを毎年,靖國神社に通知していた。
一方,靖國神社も,戦前の陸海軍大臣からの上奏裁可に変わるものとして,国(厚生省)からの通知に従い,旧陸海軍の取扱った前例を踏襲して,その名簿に記載された戦没者を合祀してきた。
ところで,靖國神社の社報「靖國」などで見ると,敗戦直前の1945年4月までの祭神数は累計で約37万5000だったが,1956年秋からは急激に増え,その年の秋の新合祀者は11万2609,1957年は47万1058,1958年は21万7536を数え,2001年の時点では累計で246万6364を数えている。これは,引揚援護局長名で発せられた1956年4月19日付け「靖國神社合祀事務に対する協力について」(「援発第3025号」)に基づき,戦没者調査を国・地方自治体を挙げた国家的プロジェクトとして推進したことによる。
結局のところ,戦後に至っても靖國神社が行う合祀は,国家と一体となって行われているのであり,靖國神社が行う合祀の国家行為性は戦前・戦中と何ら変わりはない。
5 まとめ
以上のとおり,靖國神社は,国家神道思想に基づき,天皇のために戦没した者を顕彰する施設として,アジア侵略支配戦争を下支えする国家機関であった。そして,その本質は,外形上宗教法人となった戦後の靖國神社においても変わることなく,靖國神社は,合祀行為を国家と一体となって推進するなど戦前・戦後一貫して国家との極めて強い結びつきを有する神社なのである。
第3 靖國神社の存立と首相参拝をめぐる被告靖國神社と被告国の協力
上記のような沿革をもつ靖國神社は,戦後も被告国と一体となってその存命を図り,かつ首相らの靖國神社参拝を利用して,その地位を保持してきた。
1 「靖国神社法案」をめぐる動き
被告靖國神社は,日本遺族会と神社本庁,全国護国神社会,自民党議員を中心に結成された遺族議員協議会等と連携して,靖國神社の国家護持を目指した「靖国神社法案」の成立を目指した。同法案の骨子は,
① 戦没者等の決定は,国の意思で行うこと。
② 天皇や総理大臣その他の機関が公式に参拝できるようにすること。
③ 国費が支弁できるようにすること。
というもので,1969(昭和44)年6月の第61回国会において自民党案として議員立法の形で上程された。
この法案に対し,宗教界を中心に強い反対の声が挙がり,各地で野党,労働組合,市民運動などを交えて,抗議集会,デモ,ハンストなどが行われた。さらには与党内にも反対の声がみられた。
結局,上記第61回国会のみならず,第63回国会(1970(昭和45)年),第65回国会(1971(昭和46)年),第68回国会(1972(昭和47)年)と4たび審議未了を繰り返した後,第71回国会(1973(昭和48)年)で継続審議となるも審議凍結とされ,翌1974(昭和49)年凍結解除になると,その5月自民党単独採決により衆議院を通過したが,6月の参議院で廃案となった。
2 内閣総理大臣の靖國神社参拝と被告靖國神社の本件参拝受入行為
他方で,被告国の国家機関である内閣総理大臣による靖國神社参拝と被告靖國神社による参拝受入行為は繰り返された。
1975(昭和50)年8月15日,政府主催の全国戦没者追悼式(武道館)に公人として出席した三木武夫首相は,その直後「私人」として靖國神社に参拝し,被告靖國神社もこれを受け入れた。終戦記念日の首相の参拝はこれが初めてであった。
三木首相は私的参拝基準として,
① 公用車の不使用
② 玉串料を国庫から支出しないこと
③ 記帳には肩書きを付さないこと
④ 公職者を随行させないこと
を挙げ自己規制したものの,以後も首相の靖國神社参拝と被告靖國神社による参拝受け入れ行為は継続した。
第4 首相による靖國神社参拝とこれに対する批判や訴訟等
首相による靖國神社参拝は,国内外の各方面から批判に晒され,これに対する違憲訴訟も繰り返して提起され,一部訴訟の判決においては違憲乃至違憲の疑いが表明されてきた。
1 中曽根参拝
(1)靖国懇設置
中曽根康弘首相は,1984(昭和59)年8月3日,官房長官の私的諮問機関として「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」(「靖国懇」)を発足させ,同懇談会は,翌1985(昭和60)年8月9日報告書を官房長官に提出した。
上記報告書は,靖國神社への公式参拝の根拠を憲法との適合性においては,津地鎮祭事件に関する最高裁判決に求めたが,明確に結論が出せず両論併記にとどめた。なお,同報告書は「靖国公式参拝は,政教分離原則の根幹にかかわるものであって,地鎮祭や葬儀・法要等と同一に論ずることのできないものがあり,国家と宗教の『過度のかかわり合い』に当たる,したがって,国の行う追悼行事としては,現在行われているものにとどめるべきであるとの主張があったことを付記」している。
(2)中曽根首相の公式参拝と被告靖國神社の受入れ
1985(昭和60)年8月15日,中曽根首相は公用車を使用し,官房長官ら2名を随行させ靖國神社を参拝し,被告靖國神社もこれを受け入れた。拝殿で「内閣総理大臣中曽根康弘」と記帳し,本殿に昇殿,祭壇に一礼を捧げたのち深く一礼した。
中曽根首相は,この参拝を「内閣総理大臣の資格で参拝した。いわゆる公式参拝である」と明言した(以下「中曽根参拝」という。)。
(3)参拝に対する批判抗議など
中曽根首相の公式参拝に対し,政教分離原則に違反すること等を理由に,自民党を除く全ての政党から,抗議または遺憾の旨の声明等が出され,宗教界,憲法研究者,日本婦人有権者同盟,国民文化会議等の市民団体も抗議声明を発表した。なお,日本弁護士連合会も,公式参拝に先立つ1985(昭和60)年7月公式参拝問題に関する見解として,「いわゆる公式参拝も,憲法の許容しない国の宗教活動に該当し,憲法に違反し,公務員の憲法擁護義務にも違反すると思料する」旨を発表した。
(4)中曽根首相公式参拝違憲訴訟
中曽根首相の靖國神社公式参拝に対し,国内外で批判の声が高まり,全国各地の地裁へ参拝を違憲として損害賠償を求める訴訟が提起された。
そのうち関西靖国訴訟の第二審大阪高裁判決(1992(平成4)年7月30日,判時1426号85頁)は,
① 靖國神社は,宗教法人法に基づく宗教法人であって,教義を広め,儀式行事を行い,信者を教化育成することを目的とし,そのための社殿等の施設を有する神社である。
② 宗教施設を有する靖國神社の本殿において参拝する行為は,外形的・客観的には,神社,神教とかかわりを持つ宗教的活動であるとの性格を否定できない。
③ 衆議院法制局等の政府機関は,かつて,公式参拝は違憲ではないかとの疑いを否定できないとする統一見解をとっていた。
④ 公式参拝に対しては,強く反対する者があり,未だ,右公式参拝を是認する圧倒的多数の国民的合意は得られていない。
⑤ 内閣総理大臣や国務大臣が公式参拝した場合の内外に及ぼす影響は極めて大きい。
⑥ 現に,本件公式参拝に対しては,日本国内でも抗議の声明等が多く寄せられ,中国を始め,外国から反発と疑念が表明されたこと。
⑦ 本件公式参拝は,1回限りのものとして行われたものではなく,将来も継続して行うことを予定してなされたもので,単に儀礼的,習俗的なものとして行われたとは一概に言い難い。
⑧ 以上の事実からすれば,当時におけるわが国の一般社会の状況下においては,本件公式参拝は憲法20条3項,89条に違反する疑いがある。
と判示した。
また,福岡靖国訴訟の第二審福岡高裁判決(1992(平成4)年2月28日 判時1434号38頁)は,「宗教団体であることが明らかな靖國神社に対し,援助,助長,促進の効果をもたらすことなく,内閣総理大臣の公式参拝が行われうるかは疑問であり,参拝の方式が神道の定めるところによらないということで,従来の政府統一見解で問題とされていた点が解消したとは必ずしも考え難い」として,首相の参拝が制度的に継続されれば違憲の疑いがある旨判示した。
2 小泉参拝
(1)小泉首相による公式参拝と被告靖國神社の受入行為
2001年8月13日午後4時30分過ぎ,小泉純一郎総理大臣は公用車で靖國神社に入り,参集所で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳。その後,本殿に進み,1985年に公式参拝した中曽根康弘首相と同様,一礼方式で参拝した。被告小泉は靖國神社参拝後,記者団に公式参拝か私的参拝かについては「公的とか,私的とか,私はこだわりません。内閣総理大臣である小泉純一郎が心をこめて参拝した」と語った(以下「小泉参拝」という。同年8月14日,朝日新聞)
(2)参拝に対する批判抗議など
小泉参拝後,同参拝に対し,大韓民国,中華人民共和国,朝鮮民主主義人民共和国及び中華民国などのアジア諸国から抗議や懸念の声明が相次いだ。また,国内でも,財団法人全日本仏教会,浄土真宗本願寺派などの宗教団体から,批判や抗議の声明が表明された。
(3)小泉首相靖国参拝違憲訴訟
上記小泉参拝に対しては,東京,大阪,福岡,千葉,松山,沖縄の全国六カ所で参拝の違憲確認等を理由として訴訟が提起された。
そのうち,2004(平成16)年4月7日福岡地裁判決(訟務月報51巻2号412頁,判例タイムズ1157号125頁,判例時報1859号76頁)は,
社会通念に従って客観的に判断すると,本件参拝は,宗教とかかわり合いをもつものであり,その行為が一般人から宗教的意義をもつものと捉えられ,憲法上の問題のあり得ることを承知しつつされたものであって,その効果は,神道の教義を広める宗教施設である靖國神社を援助,助長,促進するものというべきであるから,憲法20条3項によって禁止されている宗教的活動に当たり,本件参拝は憲法20条3項に反する
旨判示した。
また,2005(平成17)年9月30日大阪高裁判決(訟務月報52巻9号2979頁)は,
① 靖國神社は,国事に殉じた人々を祭神とし,祭神について神道の祭祀を行い,神徳を弘め,祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,その他靖國神社の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする,宗教法人法2条にいう宗教団体である。
② 本件各参拝は,靖國神社の備える礼拝施設である靖國神社において,祭神のご神体を奉安した本殿において,祭神に対し,一礼する方式で拝礼することにより,畏敬崇拝の気持ちを表したものであって,客観的に見て極めて宗教的意義の深い行為というべきである。
③ 本件各参拝は,内閣総理大臣の職務を行うについてなされた公的性格を有するものであること,小泉首相は,本件各参拝を3度にわたって行ったほか4度目の参拝も実行したこと,国内外に強い批判があるにもかかわらずあえてこれを実行して継続していること等に鑑みると,本件各参拝が,国又はその機関が靖國神社を特別視し,あるいは他の宗教団体に比べて優越的地位を与えているとの印象を社会一般に生じさせることは容易に推認される。
④ 以上のとおり,本件各参拝は,極めて宗教的意義の深い行為であり,一般人に対して,被控訴人国が宗教団体である被控訴人靖國神社を特別に支援しており,他の宗教団体とは異なり特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ず,その効果が特定の宗教に対する助長,促進になると認められ,本件各参拝は,憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。
と判示した。
第5 被告安倍の靖國神社への参拝と靖國神社の協力行為
こうした中曽根首相や小泉首相等歴代首相による靖國神社参拝,これに対する国内外の強い批判や反対,違憲訴訟の提起が繰り返され,違憲乃至違憲の疑いが表明されている中,被告安倍もまた,以下述べるとおり,内閣総理大臣としての靖國神社参拝へ強い意欲を固持し,ついに本件参拝に至ったものである。
1 本件参拝へ至る経緯
(1)靖國神社参拝をめぐる被告安倍の言動
2006(平成18)年9月26日から2007(平成19)年8月27日までの間,被告安倍は内閣総理大臣の地位にあったが(第1次安倍内閣),その間は靖國神社への参拝を自重していた。
しかし,被告安倍は,2012(平成24)年9月14日の自民党総裁選時の共同記者会見において,「首相在任中に参拝できなかったことは,痛恨の極みだ」と語り(「就任時の参拝に含み 靖国神社めぐり安倍氏」『毎日新聞』2012.9.15朝刊),同年10月17日には,靖國神社の秋季例大祭の初日に合わせ,被告安倍としては自民党総裁在任中初めてとなる靖國神社参拝を敢行し,自民党総裁の肩書で参拝,「国のために命をささげた英霊に,自民党総裁として尊崇の念を表するために参拝した」と説明した(「安倍総裁が靖国初参拝」『毎日新聞』2012.10.18朝刊)。
被告安倍は,同年12月26日,内閣総理大臣に就任したが(第2次安倍内閣),2013(平成25)年2月7日の衆議院予算委員会では,「国のために命をささげた英霊に国のリーダーが尊崇の念を表すのは当然だ。第1次内閣で参拝できなかったことは私自身は痛恨の極みだ。」と答弁した(「国会論戦の詳報 7日の衆院予算委から」『読売新聞』2013.2.8朝刊)
2013(平成25)年4月21日,被告安倍は,靖國神社の春季例大祭中の参拝は見送り,「内閣総理大臣 安倍晋三」の肩書で真榊(真榊料5万円)を奉納した(「麻生副総理が靖国参拝」『毎日新聞』2013.4.22朝刊)。
同年8月15日の終戦記念日,被告安倍は靖國神社への参拝は見送ったが,萩生田光一自民党総裁特別補佐を代理人とし,事前に同人に対し「本日は参拝できないことをおわびしてほしい」との伝言を託し,自民党総裁の肩書で,私費で玉串料を奉納し,「国のために戦い,尊い命を犠牲にされたご英霊に対する感謝の気持ちと尊崇の念を込めて,萩生田(光一・自民党)総裁特別補佐に玉串を奉てんしてもらった」と発言した(「2閣僚が靖国参拝」『毎日新聞』2013.8.15夕刊,「秋に標準 なお火種 靖国参拝首相見送り 外交配慮 夏は自重」『毎日新聞』2013.8.16朝刊)。
同年10月17日,被告安倍は,靖國神社の秋季例大祭にあわせた参拝を見送り,「内閣総理大臣 安倍晋三」の肩書で,私費で真榊(真榊料5万円)を奉納した(「靖国参拝見送り 首相,真榊奉納」『毎日新聞』2013.10.17夕刊)。また,同月22日の衆議院予算委員会では,「国のために戦い,尊い命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表し,冥福を祈るのは当然だ。第1次安倍政権での任期中に参拝できなかったことは痛恨の極みだ。いつ行くか,行かないかを話すのは控えるが,気持ちは変わらない」と繰り返し答弁した(「衆院予算委(詳報)」『毎日新聞』2013.10.23朝刊)
また,被告安倍は,自身の著書『新しい国へ 美しい国へ 完全版』(被告安倍の著書『美しい国へ』(文藝春秋,2006)の改訂版)の中でも,「『靖国批判』」はいつから始まったか」というタイトルで内閣総理大臣による靖國神社参拝の問題にふれ,「靖国問題というと,いまでは中国との外交問題であるかのように思われているが,これはそもそもが国内における政教分離の問題であった。いわゆる『津地鎮祭訴訟』」の最高裁判決(1977(昭和52)年)で『社会の慣習にしたがった儀礼が目的ならば宗教的活動とみなさない』という合憲の判断が下されて以来,参拝自体は合憲と解釈されているといってよい。首相の靖国参拝をめぐって過去にいくつかの国賠訴訟が提起されているが,いずれも原告敗訴で終わっている。」「一国の指導者が,その国のために殉じた人びとにたいして,尊崇の念を表するのは,どこの国でもおこなう行為である。」(安倍晋三『新しい国へ 美しい国へ 完全版』70~72頁(文藝春秋,2013))と,これまでの裁判例に対する誤った独自の見解を示した。そもそも津地鎮祭事件の最高裁判決(最判昭和52年7月13日民集31巻4号533頁)は,内閣総理大臣による靖國神社参拝の合憲性について判断したものでないことは自明であり,同最高裁判例から直ちに内閣総理大臣の靖國神社参拝が合憲と解釈されるものでない。むしろ,歴代の首相による公式参拝については,度重なる違憲判断ないし違憲の疑いを表明する判決がなされている。
そして,第2次安倍内閣発足から丸1年が経過した2013(平成25)年12月26日,被告安倍は,宿願であった靖國神社参拝を突如敢行したものである。
(2)被告安倍の侵略戦争を正当化する言動
被告安倍は,2006(平成18)年7月23日,横浜市内で開催された講演会で,アジア・太平洋戦争をめぐる日本の指導者の責任が追及された東京裁判について,「(A級戦犯は)国内法的には犯罪者でないと国会で答弁されている。講和条約を受け入れたから(首相は靖国神社に)参拝すべきでないという議論は,全くトンチンカンだ」 と批判した(「A級戦犯の分祀 政治介入に慎重 安倍氏」『毎日新聞』2006.7.24朝刊)。
また,被告安倍は,2006(平成18)年10月6日衆議院予算委員会において,A級戦犯に対する自身の認識につき,「日本において,国内法的にいわゆる戦争犯罪人ではないということでございます。」「そもそも日本においては,いわば国内法的に犯罪者ではないということははっきりしているわけであります。」「いわゆるA級戦犯と言われる方々は,東京裁判において戦争犯罪人として裁かれたわけでありますが,国内としては,国内法的には戦争犯罪人ではないということは私が先ほど申し上げたとおりであります。私の認識もそうであります。」と答弁し,サンフランシスコ平和条約11条の解釈について,「サンフランシスコ平和条約十一条について言えば,いわゆるA級と言われた人たち,B級と言われた人たち,C級と言われた人たちを犯罪者扱いを私たちはしますということを約束したものでは全くないわけであります。」との見解を示し,さらに「いわゆる侵略戦争ということについては,これは国際的な定義として確立されていないという疑問を持っていたような気がするわけでございます。」と答弁した(「衆議院議員安倍晋三公式ホームページ」発言語録)。
被告安倍は,前記著書の中でも,「A級戦犯についても誤解がある。」という書き出しから始め,A級戦犯について,「それは国内法で,かれらを犯罪者とは扱わない,と国民の総意で決めたからである。1951年(昭和26年),当時の法務総裁(法務大臣)は,「国内法の適用において,これを犯罪者とあつかうことは,いかなる意味でも適当ではない」と答弁している。」と記している(前掲安倍著書73~74頁)。
また,被告安倍は,2013(平成25)年3月12日の衆議院予算委員会で,東京裁判については,「大戦の総括は日本人自身の手でなく,いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」との認識を示した(「首相『東京裁判は勝者の断罪』」『毎日新聞』2013.3.13朝刊)。
さらに,被告安倍は,前記著書の中で鹿児島県知覧の飛行場から飛び立った陸軍特別攻撃隊についてふれ,「国のために死ぬことを宿命づけられた特攻隊の若者たちは,敵艦にむかって何を思い,なんといって,散っていったのだろうか」「国家のために進んで身を投じた人たちにたいし,尊崇の念をあらわしてきただろうか。」「たしかに自分の命は大切なものである。しかし,ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ,ということを考えたことがあるだろうか。」「わたしたちの大切な価値や理想を守ることは,郷土を守ることであり,それはまた,愛しい家族を守ることでもあるのだ。」と記している(前掲安倍著書111~112頁)。
(3)天皇制をめぐる被告安倍の言動
また,被告安倍は天皇制について,「『君が代』が天皇制を連想させるという人がいるが,この『君』は,日本国の象徴としての天皇である。日本では,天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてきたのは事実だ。ほんの一時期を言挙げして,どんな意味があるのか。」(前掲安倍著書88頁),「日本の国柄をあらわす根幹が天皇制である。」「戦後の日本社会が基本的に安定性を失わなかったのは,行政府の長とは違う『天皇』という微動だにしない存在があってはじめて可能だったのではないか」「天皇は『象徴天皇』になる前から日本国の象徴だったのだ。」(前掲安倍著書105~108頁)と述べている。
(4)安全保障等をめぐる被告安倍の言動
被告安倍は,第一次小泉内閣の内閣官房副長官時代の2002(平成14)年5月13日,早稲田大学で開催された講演会で,「核兵器使用は違憲ではない。」と発言した。
また,被告安倍の前記著書では,「ひるがえって日本の戦後はどうだったろうか。安全保障を他国にまかせ,経済を優先させることで,わたしたちは物質的にはたしかに大きなものを得た。だが精神的に失ったものも,大きかったのではないか。」(前掲安倍著書132頁),「日本は一九五六年に国連に加盟したが,その国連憲章五十一条には,『国連加盟国には個別的かつ集団的自衛権がある』ことが明記されている。」「いまの日本国憲法は,この国連憲章ができたあとにつくられた。日本も自然権としての集団的自衛権を有していると考えるのは当然であろう。権利を有していれば行使できると考える国際社会のなかで,権利はあるが行使できない,とする理論が,はたしていつまで通用するだろうか。」(前掲安倍著書136頁),「外国の軍隊では,当然のこととして認められていることが自衛隊では認められない。」「日本は憲法の拘束がきつく,政策判断の余地がほとんどないためである。」(前掲安倍著書147頁)と,自身の安全保障に対する見解を記している。
さらに,前記著書の中では,「戦後日本は,六十年前の戦争の原因と敗戦の理由をひたすら国家主義に求めた。」,そのことが「戦後教育の蹉跌のひとつである。」と言及し,日本の教育は「自虐的な歴史教育」であると批判し,「教育の目的は,志ある国民を育てて,品格ある国家をつくることだ。」(前掲安倍著書204~209頁)と,戦後教育を否定している。被告安倍が「教育再生」をスローガンに掲げ,第1次安倍内閣時に改正教育基本法を成立させ,同法第2条第5号で「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことを教育の目標に規定したこと,安倍政権下で侵略戦争を正当化ないし美化する色の強い社会科教科書の採択を推奨してきた事実からも,被告安倍が統制色の強い教育を通して国民に戦争体制を支える精神的基盤を形成させようと企図していることがうかがえる。
(5)まとめ
上記以外の被告安倍の言動や本件参拝の背景事実については,後記第13で述べるとおりであるが,これらの被告安倍の本件参拝に至るまでの言動を見るに,被告安倍がアジア・太平洋戦争においてA級戦犯とされた指導者を積極的に擁護する発言を繰り返し行い,日本の侵略戦争を反省することなく,むしろ正当化,美化し,国のために個人が戦死することを尊い犠牲と崇めつつ,集団的自衛権の行使を容認し,戦争のできる国作りを目指していることは明らかである。そして,被告安倍は,戦前に靖國神社が有していた軍国主義の精神的支柱としての役割を現在にも甦らせ,国のために犠牲になることを美化するシステムとして靖國神社を積極的に利用しようとしていると考えざるを得ない。それ故,被告安倍は,靖國神社への参拝に並々ならぬこだわりをもっているのである。
被告安倍は,前記著書の中で,「自ら反みてな縮くんば千万人といえども吾ゆかん」という孟子の言葉を引用した上で,こう述べる。「自分なりに熟慮した結果,自分が間違っていないという信念を抱いたら,断固として前進すべし,という意味である。」「わたしが政治家を志したのは,ほかでもない,わたしがこうありたいと願う国を作るためにこの道を選んだんだ。」「確たる信念に裏打ちされているなら,批判はもとより覚悟のうえだ。」(前掲安倍著書44頁)。
つまり,被告安倍は,自分の理想とする国家を作り上げるためであれば,国民や諸外国からのいかなる批判や反対をも押し切って突き進む考えなのである。そして,被告安倍の理想とする国とは,現行の平和憲法や民主主義に立脚したものではなく,あくまでも被告安倍の個人的信念にのみ裏付けられたものなのである。このような被告安倍の強い個人的信念,すなわち国のリーダーたる内閣総理大臣は当然靖國神社を参拝すべきだという強い信念に基づき,被告安倍は,以下述べる本件参拝を敢行するに至ったのである。
2 被告安倍の本件参拝行為
各新聞記事及びインターネット配信記事(時事ドットコム)によれば,被告安倍が行った本件参拝の経過は以下のとおりである。
2013(平成25)年12月26日
午前7時 「神社には26日午前7時に参拝する意向を伝え,続いて与党幹部や米国,中国,韓国などの関係国に連絡した。」(甲A1―「政権1年靖国に固執 安倍首相参拝強行」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
「韓国政府が日本からの非公式な通知を受けたのは,昨年12月25日夜。」(甲A2―「『あす靖国参拝』切れた日韓の糸 首脳会談協議の翌日,通知」『朝日新聞』2014.1.28朝刊)
午前9時30分ころ 「自民党の額賀福志郎・日韓議員連盟会長が安倍首相に電話。靖国神社参拝について『できるだけ思いとどまってほしい』と自制を促したが,首相は『国民との約束なので決断をした』。」(甲A3―「菅氏『私人の立場』ドキュメント」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前10時35分ころ 「安倍晋三首相の靖国神社参拝日程を首相官邸が発表」(甲A4―「安倍首相靖国参拝ドキュメント」時事通信社)
午前11時すぎ 被告安倍は,公明党の山口那津雄代表に電話をかけ,「自分の決断で参拝します」と述べ,参拝する考えを伝えた。「『賛同できない。』と反対する山口氏に対し,首相は『賛同はいただけないだろうとは思いますが』と述べただけで電話を切った。自民党の石破幹事長にもこの日の朝,参拝する考えを伝えた。」(甲A5―「首相『痛恨の極み』払拭『自分の決断で参拝します』」『読売新聞』2013.12.27朝刊)
「『ご賛同いただけないだろうとは思いますが,自分の決断として参拝する』靖国参拝直前の26日午前11時すぎ,首相は公明党の山口那津男代表に電話し参拝方針を『通告』した。山口氏は『賛同できません』と述べ,翻意するよう訴えたが,かなわなかった。」(甲A3―「公明警戒感強める」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時22分 「首相,公用車で官邸を出発。」(甲A4―「安倍首相靖国参拝ドキュメント」時事通信社)
「首相がモーニング姿で首相官邸を出発。」(甲A3―「菅氏『私人の立場』ドキュメント」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時32分 「首相,東京・九段北の靖国神社に到着。出迎えた日本遺族会関係者らに一礼し,本殿へ。」(甲A4―「安倍首相靖国参拝ドキュメント」時事通信社)
「安倍首相は靖国神社の到着殿前で,公用車から降り立った。」「安倍首相は,出迎えた関係者に軽くあいさつした後,神職に導かれ,本殿に向かった。」(甲A6―「年の瀬参拝 騒然 安倍首相初の靖国」『東京新聞』2013.12.26夕刊)
「玉串料3万円を私費で支払い,玄関ホールにあたる到着殿で『内閣総理大臣 安倍晋三』と記帳。」(甲A1―「政権1年靖国に固執 安倍首相参拝強行」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時40分 「鎮霊社に参拝。」(甲A3―「菅氏『私人の立場』ドキュメント」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時44分 「拝殿から本殿へ移動し参拝。」(甲A3―「菅氏『私人の立場』ドキュメント」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
「到着殿から拝殿を抜け,本殿で参拝した。」(甲A7―「安倍首相靖国参拝」『東京新聞』2013.12.26夕刊)
「本殿の入り口の両側には,『内閣総理大臣安倍晋三』と書かれた札がついた白い花が置かれていた。安倍首相はまっすぐ前を向きながら,本殿の階段を一歩一歩ゆっくりと上り,入り口で一礼して,本殿に入り,参拝した。」(甲A6―「年の瀬参拝 騒然 安倍首相初の靖国」『東京新聞』2013.12.26夕刊)
「首相,靖国本殿に参拝。『内閣総理大臣 安倍晋三』と記した花を供える。」(甲A4―「安倍首相靖国参拝ドキュメント」時事通信社)
「モーニング姿で本殿に昇り,神道形式の正式な二礼二拍手一礼で参拝した。『内閣総理大臣 安倍晋三』名で献花と記帳も行い,私費で玉串料を納めた。」(甲A8―「就任1年靖国参拝 首相の真意説明 関係国に『誠意をもって』」『読売新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時47分 「報道各社のインタビューに応じる。」(「菅氏『私人の立場』ドキュメント」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)
午前11時57分 「首相,靖国神社発」(甲A4―「安倍首相靖国参拝ドキュメント」時事通信社)
「恒久平和への誓い」と題する談話を発表(甲A9―「安倍首相談話『恒久平和への誓い』全文」『読売新聞』2013.12.26夕刊)
以上の各報道記事から被告安倍の本件参拝行為として以下の事実が認められる。
被告安倍は,2013(平成25)年12月26日午前7時に靖國神社側へ参拝する意向を伝え,事前に米国,中国,韓国などの関係国や自民党の石破茂幹事長,額賀福志郎衆議院議員,公明党の山口那津男代表などに参拝の意向を伝えた。その前日25日夜,被告安倍が靖國神社を参拝する予定が韓国政府に非公式に通知されていた。
同日午前11時22分,被告安倍は,モーニング姿で公用車に乗り,首相官邸を出発した。
同日午前11時32分,被告安倍は,靖國神社の到着殿前で公用車を降り,出迎えた日本遺族会関係者らに一礼し,神職に導かれて到着殿に移動した。被告安倍は,到着殿で被告靖國神社の徳川康久宮司の出迎えを受け,玉串料3万円を私費で支払い,「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し,「手水(てみず)」(手を洗い口を濯ぐこと)を行い「祓(はら)い」を受けた。
同日午前11時40分,被告安倍は,拝殿を通り抜けて鎮霊社を参拝し,再び拝殿を通って本殿へ移動した。同日午前11時44分,被告安倍は,本殿の階段を上り,入口で一礼した後,本殿に入り,神道の正式な参拝作法である二拝二拍手一拝で参拝した。また,本殿の入口の両側には,被告安倍が奉納した「内閣総理大臣 安倍晋三」と書かれた札をかけた白い花が置かれていた。なお,拝殿を抜けて鎮霊社で参拝し,本殿で玉串を差し出し参拝する際,被告靖國神社坂明夫祭祀部長らに先導させ,かつ同行させた。
同日午前11時47分,参拝を終えた被告安倍は,報道各社のインタビューに応じ,「日本のために尊い命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表し,御霊安らかなれと手を合わせた。」「鎮霊社にも参った。」「母を残し,愛する妻や子を残し,戦場で散った英霊の冥福を祈り,リーダーとして手を合わせることは世界共通のリーダーの姿勢ではないか。」「第1次安倍政権の任期中に参拝できなかったことは痛恨の極みだと申し上げてきた。自民党総裁選,衆院選の時もそう述べてきた。そのうえで私は総裁に選出され,首相になった。これからも参拝の意味について理解してもらうための努力を重ねていきたい。」などと答えた(甲A9―「首相発言の要旨」『読売新聞』2013.12.26夕刊)。
同日午前11時57分,被告安倍は靖國神社を後にした。
また,同日,被告安倍は,「恒久平和への誓い」と題し,「本日,靖国神社に参拝し,国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対して,哀悼の誠を捧げるとともに,尊崇の念を表し,御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。」「戦争で亡くなられ,靖国神社に合祀されない国内,及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも,参拝いたしました。」「愛する妻や子どもたちの幸せを祈り,育ててくれた父や母を思いながら,戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に,私たちの平和と繁栄があります。今日は,そのことに改めて思いを致し,心からの敬意と感謝の念を持って,参拝いたしました。」「戦争犠牲者の方々の御霊を前に,今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を,新たにしてまいりました。」との談話(以下「安倍談話」という。)を発表した。
3 被告靖國神社の参拝受入れ
2013(平成25)年12月26日午前7時ころ,被告靖國神社は,被告安倍から参拝する意向を伝えられ,同日午前11時32分に被告安倍が靖國神社の到着殿に着いたとき,被告靖國神社の徳川宮司が被告安倍を出迎えた。
その後,被告靖國神社は,神職らに被告安倍を到着殿内へ先導させ,「手水(てみず)及び「祓い」を行い,被告安倍から玉串料の奉納及び記帳を受け,被告安倍が拝殿を抜けて鎮霊社で参拝し本殿で玉串を差し出し参拝する際には,被告靖國神社坂明夫祭祀部長らが先導,同行し,また,被告安倍が本件参拝行為を終えるまで到着殿,拝殿,本殿内の人払いを行うなどして被告安倍の本件参拝行為を積極的に受け入れ,その便宜を図った。
4 本件参拝への国内外の批判や反響
(1)国内の世論調査の結果
本件参拝直後の2013(平成25)年12月28,29日に共同通信社が実施した全国緊急電話世論調査では,被告安倍の本件参拝について「よかった」が43.2%,「よくなかった」が47.1%であり,批判的な回答が上回った。
2014(平成26)年1月4,5日に産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)実施した合同世論調査では,被告安倍の本件参拝行為について,「評価する」が38・1%,「評価しない」が53・0%であった。
また,2014(平成26)年1月25,26日に朝日新聞社が実施した全国定例世論調査(電話)では,被告安倍の本件参拝について「参拝したことはよかった」が41%,「参拝するべきではなかった」が46%であり,批判的な回答が上回った。
(2)与野党幹部・政府関係者の批判や反響
また,本件参拝については,与野党幹部・政府関係者から各々発言がなされている。
自民党の石波茂幹事長は,「祖国のためを思い殉じた方々に尊崇の念を表し慰霊するという首相の真意を分かってもらえれば,外交問題への発展を避けることは十分可能だ」と述べ,自民党の萩生田光一当総裁特別補佐は,「(首相就任から)1年間,靖国参拝をしなかったが,日中,日韓関係が前進したことはなく,さらに悪化することはない」と,本件参拝を擁護する姿勢を見せた。
一方,公明党の山口那津男代表は,「靖国参拝は政治問題,外交問題を引き起こすので避けたほうがいいと繰り返し述べてきた。今後,引き起こす問題を考えると残念だ」と発言し,民主党の海江田万里代表は,「首相の立場に個人的な思いや私人の立場はない。日本の主体的な判断として,過去の歴史と一線を画する意味で靖国神社への参拝を自重すべきだった」と批判し,その他野党幹部からも,本件参拝を批判する声が上がっている(「参拝に与野党賛否」『読売新聞』2013.12.27朝刊)。
(3)宗教界からの抗議
本件参拝に対して,宗教界から直ちに抗議声明が挙がった。
「正々堂々と確信をもって憲法違反行為を常態化させていることは,日本国憲法99条において憲法尊重擁護義務が課せられている役職にあるまじき行為」(2013年12月26日 日本長老教会社会委員会)
「政教分離の原則は,国家に対し宗教的中立性を要求し,特定の宗教と直接結びつくことを禁止しており,貴職が靖国神社に参拝することは,この憲法の精神に著しく反するものであります。」(同26日 真宗教団連合)
「安倍首相は,東アジアのみならず全世界の人びとに日本に対する不信感を抱かせました。これまで和解と平和を願って努力してきた人々の思いを踏みにじり,今日まで私たちが築き上げてきたアジアの人々との友情と信頼を著しく傷つけました。以上によって,私たちは今回の安倍晋三首相による靖国参拝を決して容認することはできません。」(同26日 日本カトリック正義と平和協議会)
「あなたは戦没者への『敬意と誠を捧げる』ための参拝と述べています。しかし,かつての戦争によって数千万人の犠牲者を出しているアジア諸国から見るならば,自国を侵略した兵士やその戦争の責任者たちが,『英霊』,『祭神』として祀られている靖国神社に首相が参拝すること,過去の戦争の肯定に繋がると受け止められるのです。私たちは,憲法の平和主義,非武装,非戦,信教の自由,国が宗教を利用して戦争を遂行することを阻止するための政教分離の原則を堅持する立場から,改めて首相の靖国神社への真榊の奉納,参拝に反対し,これ以上靖国神社への関与をくり返さないよう強く要請します。」(同26日 日本キリスト教協議会(NCC)靖国神社問題委員会)
「どこに過去への痛切な反省があるのでしょうか。これは参拝の行為とは明らかに矛盾するものです。参拝することによって,先の大戦を引き起こしたA級戦犯を免罪にすることになります。」(同27日 日本キリスト教会靖国神社問題特別委員会)
「靖国神社はアジア諸国に対する侵略戦争の歴史を肯定・美化しています。そのような性格をもった靖国神社への安倍首相の参拝は,単なる個人の信念の問題ではなく,靖国神社が持っている歴史観・性格を肯定することであり,侵略戦争の歴史を反省し,アジア諸国だけでなく世界に対する約束である『平和憲法』を変えようとする明確な意思表示だと言えます。それはまた,安倍首相の悲願である戦争体制作りのための『憲法改正』に向けた一連の行動でもあり,『平和を愛する諸国民の公正と信義』(憲法前文)に対する挑戦として,私たちは強い危機感を抱かざるをえません。」(同28日 日本バプテスト連盟理事会)
(4)国外の批判や反響
さらに,被告安倍の本件参拝を受け,諸外国からはその日のうちに次々と厳しい批判がなされた。
2013(平成25)年12月26日,在日米大使館は,「日本は大切な同盟国であり,友好国である。しかしながら,日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに,米国政府は失望している。米国は,日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし,関係を改善させ,地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。米国は,首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する。」と,異例ともいえる声明を発表した。
同日,中国外務省の王毅外相は,外務省に木寺昌人駐中国大使を呼び,「A級戦犯がまつられた靖国神社を参拝することは,国際的な正義を公然と挑発し,人類の良識を踏みにじるものだ。強く抗議し,厳しく非難する。」「安倍首相の参拝は,緊迫している中日関係に新しい重大な政治障害をもたらした。中国は決して容認できない。」などと強く抗議し,同日の秦剛外務省報道局長の定例会見においても,同趣旨の発言がなされた(「中国外相発言要旨」『読売新聞』2013.12.27朝刊,「首脳会談困難に」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)。
同日,韓国政府は,「日本の過去の植民地支配と侵略戦争を美化し,戦犯らを合祀している靖国神社を参拝したことに,嘆きと憤りを禁じ得ない。」「時代錯誤的行為だ。」との声明を発表し(「韓国政府声明要旨」『読売新聞』2013.12.27朝刊),また,金奎顕第1外務次官が外務省に倉井高志駐韓総括公使(臨時代理大使)を呼び,「韓日関係の安定的な発展を望む両国国民の願いに冷や水を浴びせる行為だ」と抗議した(「韓『憤怒禁じ得ない』」『毎日新聞』2013.12.27朝刊)。
同日,台湾の外交部(外務省)は,被告安倍の本件参拝について「近隣酷の国民感情を傷つける措置を決して取らないように望む」と声明を発表した(「台湾冷静に批判 防空圏を意識か」『読売新聞』2013.12.27朝刊)。
同日,ロシア外務省のルカシェビッチ情報報道局長は,被告安倍の本件参拝を「遺憾」とする談話を発表した(「露は『遺憾』表明」『読売新聞』2013.12.27朝刊)。
さらに,米・欧州各メディアも,被告安倍の本件参拝を伝え,2013(平成25)年12月26日付け英紙ガーディアン(電子版)は「26日の参拝は中国や韓国の激憤を買った。参拝は,日本と近隣国との関係をさらに悪化させるだろう」,同日付け英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は「今回の参拝は,日本が統治する尖閣諸島を巡り,(中国との関係が)行き詰まっている中で,関係をさらに悪化させることになった」,同日付け仏紙ル・モンド(電子版)は「日本と中韓両国の関係は(尖閣諸島や竹島の)領土をめぐる係争ですでに最低水準にあるが,さらに悪化することになる」という記事を掲載した「英仏紙『一層の関係悪化』指摘」『読売新聞』2013.12.27朝刊)。
5 まとめ
以上のとおり,被告安倍は,かねてより,アジア・太平洋戦争においてA級戦犯とされた指導者を積極的に擁護する発言を繰り返し行い,日本の侵略戦争を反省することなく,むしろ正当化,美化し,国のために個人が戦死することを尊い犠牲と崇めつつ,集団的自衛権の行使を容認し,戦争のできる国作りを目指していたところ,国のために犠牲になることを美化するシステムとして靖國神社を積極的に利用する明確な意図をもって,周囲の事前の反対をも押し切り,宿願であった内閣総理大臣としての靖國神社参拝を敢行したものである。他方で,被告靖國神社は,これを積極的に受け入れる協力行為を行った。
果たして,本件参拝及び本件参拝受入行為は,日本国内のみならず,世界各国から厳しい批判や反発を招き,近隣諸国との関係を悪化させることになった。
第6 本件参拝行為及び本件参拝受入行為の違憲性乃至違法性,原告らの被った損害
1 本件加害行為
(1)本件参拝行為
上記のように,被告安倍は,国のために犠牲になることを美化するシステムとして靖國神社を積極的に利用する明確な意図をもって,周囲の事前の反対をも押し切り,宿願であった内閣総理大臣としての靖國神社参拝を敢行した。本件参拝行為は,以下に述べるとおり,憲法の規定する政教分離原則に違反すると共に,信教の自由,宗教的人格権,平和的生存権を侵害し,国際人権法等にも違反する重大な違憲乃至違法な行為であり,これによって原告らは多大な損害を被った。
(2)本件参拝受入行為
一方,被告靖國神社は,到着殿前で公用車を降りた被告安倍を出迎え,到着殿へと先導した。その後,被告安倍が,到着殿で玉串料3万円を私費で支払い,「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し,拝殿を通り抜けて鎮霊社を参拝し,再び拝殿を通って本殿へ移動する際も,神職は先導を行っていた。また,本殿の入口の両側には,被告安倍が奉納した「内閣総理大臣 安倍晋三」と書かれた札をかけた白い花が置かれていた。これは被告靖國神社が用意した物である。そして,この間,拝殿内には,被告安倍,被告安倍の側近(SP含む),被告靖國神社の職員以外の人間はいなかったのであるから,被告安倍が,上記のように極めて形式立った参拝行為に及ぶことができたのは,被告靖國神社が人払いを行い,積極的に本件参拝を受け入れたからに他ならない。よって,被告靖國神社も,本件参拝を受け入れるという形で,以下に述べる原告らの各種権利を侵害したものである。
2 本件における靖國神社の行為の性格(国家の行為と同一視すべき)
本件参拝及び参拝受入行為についてみる限り,被告靖國神社の行為は,国家権力の行為と同視すべきであり(国家同視説),よって以下の述べる被告国の憲法違反行為については,当然のことながら被告靖國神社の行為にも妥当する。
靖國神社は,被告国が設置運営してきたものであり,被告国は,戦後においても,戦没者慰霊の中心施設は靖國神社であるとの認識を維持し,靖國神社が行う戦没者合祀に不可欠の資料である戦没者およびその遺族に関する個人情報を同神社に提供して同神社の戦没者合祀に支援・協力してきた。また,同神社への参拝を推進するために,国家護持法案が上程され,靖国懇談会が設置され,その上で内閣総理大臣や閣僚その他の国会議員が同神社への参拝を繰り返してきた。さらに,上記(2)で述べたように,本件参拝について首相官邸と入念な打ち合わせをして本件参拝受入行為を行っている事情が看取される。
これらの事情に鑑みれば,被告靖國神社の本件参拝受入行為は,これに対して国家乃至国家権力が各種の援助助長策を講じ,きわめて重要な程度にまでかかわり合いになった場合と言える。
また,とりわけ戦没者の合祀及び同神社への首相の参拝行為に関していえば,これらを国と一体となって行っているという意味において,被告靖國神社の行為は,国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使する場合に当たる。
よって,以下の述べる憲法違反及び人権侵害の点は,当然のことながら被告靖國神社の行為にも妥当する。
3 政教分離違反
(1)政教分離原則の趣旨
憲法が政教分離原則(20条1項,3項,89条)を規定した趣旨は,政治権力と特定の宗教が利用あるいは依存の関係で結びつくとき信教の自由及び民主主義を破壊する可能性が大であることが歴史上明らかであり,かつ,大日本帝国憲法下では信教の自由は制限付で保障されていたに過ぎず,「神社は宗教に非ず」として神道が事実上国教化された結果,信教の自由が著しく侵害され民主主義が崩壊された経験があるところから,このような事態の発生を未然に防止するに国家と宗教とは分離しようとするためである。
国家と宗教とのかかわりについては,前述の政教分離規定の趣旨を踏まえるならば,国家と宗教を緩やかに分離する立場を採ったものとはおよそ考えられず,国家と宗教とを厳格に分離する立場を採ったものである(厳格分離)。これは日本の歴史に鑑みて十分合理的かつ必要なものである。
(2)本件参拝及び本件参拝受入行為は政教分離原則に反する
よって,同原則を規定する文理に忠実に解釈すべきであるところ,憲法20条3項に照らして本件参拝行為についてみるに,「国及びその機関」に行政の長たる内閣総理大臣が含まれるのは当然であり,本件参拝が被告安倍が内閣総理大臣たる地位に基づいて行われた行為であることは明らかである。また「宗教的行為」とは,およそ宗教に関する行為を広く意味するものであるところ,「国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対して,哀悼の誠を捧げるとともに,尊崇の念を表し,御霊安らかなれとご冥福をお祈り」(被告安倍の首相談話)する行為が,戦没者を英霊として顕彰賛美する靖國神社の教義に基づく行為に当たることは自明であるから,これが「宗教的行為」に当たることも明らかである。
被告安倍の本件参拝行為と,被告靖國神社の本件参拝受入行為は一体と見るべきであり,この限りで被告靖國神社の行為も国家行為(被告国の行為)と同視すべきであるから,憲法20条3項の禁止する政教分離違反行為に該当する。
(3)許容される分離の程度(レーモンテスト)
仮に,国家と宗教の関係について,ある程度のかかわりを持つことが許されるとしても,①問題となった国家行為が,世俗的目的を持つものかどうか,②その行為の主要な効果が,宗教を信仰し又は抑圧するものかどうか,③その行為が,宗教との過度の関わり合いを促すものかどうか,という3要件を個別に検討して,その1つでもクリアできなければ同行為を違憲とするとの基準(レーモンテスト)を厳格に用いるべきである。なお,アメリカでは,政教分離原則違反を判断する上で,1990年代からは,上記レーモンテストに代わってエンドースメント・テスト(政府の行為がある宗教を是認または否定のメッセージを伝える意図をもつかどうか,政府の行為が事実上宗教を是認または否定する効果を持つかどうか)を用いており,かかる基準も一考に値するものと思量される。
(4)目的効果基準
この点,津地鎮祭事件の最高裁判決(最大判昭和52年7月13日民集31巻4号533頁)が呈示する目的効果基準は,上記レーモンテストを模しているものの,上記③の過度の関わり合いの基準は採用せず,③要件の個別検討もされず,判断要素につても,行為者の主観や目的等の主観的要素,一般人の宗教的評価これに対する影響等の社会通念に基づく要素(いわば多数者の視点による)を加味していることから,妥当ではない。そもそも,国家が一定の宗教行為について政教分離原則を緩やかに解して国家がこれに関与することを認める方向に目的効果基準を用いることは,政教分離の趣旨に反するものである。国家の関与を認める宗教行為とそうでない宗教行為を,行為者の主観や目的等の主観的要素,社会通念などを理由に,国家が選別すること自体が政教分離の趣旨に反することとなるので,これについては裁判所の判断も自制すべきものである。社会通念によって国家が関与しうる宗教を裁判所が選別できるとすれば,国家が特定の宗教と結びつくことを許容し,信教の自由は少数者についても保障すべしとの大原則が崩れていってしまうことになる。
もっとも,仮に最高裁の目的効果基準論を採るとしても,政教分離原則違反になることは以下の通り明らかである。すなわち,被告安倍は靖國神社において,神道式の「お祓い」を受けた後,同神社の祭神である英霊に対し「二拝二拍手一拝」して参拝していることに鑑みると,本件参拝は靖國神社が神として信仰する英霊に対し畏敬崇拝する心情を示すという宗教的意義を有することは明らかであり,前記の通り本殿という対象が祭られた場所で行われていること,「二拝二拍手一拝」という正式な神道方式によるものであること,英霊に対し畏敬崇拝の心情を示す行為であることは自明であることから,本件参拝は靖國神社が国家の宗教である,又は国家が靖國神社を特別に保護しているとの認識を与えるものとして靖國神社を援助,助長するものであることは明らかであり,本件参拝は憲法の禁止する「宗教的活動」に該当する。
また,被告靖國神社の行為は,国家行為(被告国の行為)と同視され,同様に政教分離違反に該当する。
4 信教の自由(無信仰,無宗教の自由も含む)の侵害
憲法20条1項の定める信教の自由は,①内心における信仰の自由(信仰を持つ自由,信仰告白をする自由),②宗教的行為の自由(宗教上の儀式を行う自由,布教宣伝を行う自由等),③宗教的結社の自由からなり,上記①②③は何れも,積極的自由のみならず,消極的自由(特定の信仰を持たない自由,特定の信仰告白をしない自由,特定の宗教上の儀式などを行わない自由,布教宣伝をしない自由等)も包含する。
この点,被告安倍の本件参拝及び被告靖國神社の本件参拝受入行為は,国の機関として,特定宗教である「靖國神社」と結びつき,これに関与する行為であるところ,国や国の機関の権威をもって,原告らに対して,戦没者を神として祀る「靖國神社」の教義に賛同し,「国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対して,哀悼の誠を捧げる」(安倍談話)こと及び靖國神社において「御霊安らかなれ」と「冥福をお祈り」することを強要し,同信仰及び行為を鼓舞し,称揚し,ひいては強要するものである。
また,被告靖國神社の行為は,国家行為と同視され,同様に信教の自由を侵害するものである。
5 宗教的人格権
宗教的人格権は,「親しい者の死について静謐の中で宗教上の思考を巡らせ,行為をなす権利」(山口地判1979(昭和54)年3月22日,自衛官合祀拒否訴訟,判例時報921号44頁)として主張され確立された権利であるが,かかる概念には,さらに国家によって人の「生」「死」「魂」を意味づけされない権利も含まれる。すなわち,宗教乃至信仰が取り扱う事柄の中でも,人の「生」「死」「魂」に関する問題は,人間の存在乃至価値そのものを規定する高度に宗教的かつ私的な精神領域であるから,かかる領域に対して国家は如何なる形であれ干渉してはならない。かかる権利概念は信仰の自由(憲法20条1項前段),政教分離原則(同20条3項),プライバシー権(同13条)等によって基礎づけられる。
かかる宗教的人格権は,宗教を有するか否かを問わず,また肉親が戦没者として靖國神社乃至護国神社に合祀されているか否かを問わず,全ての者に保障される権利である。なお,後述するように日本国籍を有さない韓国人原告にも保障される人権である。
この点,本件参拝及び本件参拝受入行為は一体として,内閣総理大臣が戦没者の生死に関して「国のために戦」った(戦没者が)「戦場で倒れた」ことが「私たちの平和と繁栄」の為である等の意味づけを行い,魂について「御英霊」「御霊」等と靖國神社特有の教義に基づいた意味づけを行って,「ご冥福を祈る」(以上「」内は安倍談話)という特定の宗教行為を行うものであるから,被告安倍の本件参拝及び被告靖國神社の本件参拝受入行為は,国家が人の「生」「死」「魂」を特定の宗教の教義に基づいて意味づけするものであるから,上記の宗教的人格権を侵害するものである。
6 平和的生存権
(1)平和的生存権の憲法上の根拠及び具体的権利性
ア 平和的生存権の憲法上の根拠
日本国憲法は,その前文において,「われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と明確に述べており,憲法は人権としての平和的生存権を保障している。
イ 平和的生存権の具体的権利性
そして,この平和的生存権は,具体的には,①憲法9条に違反する国の行為,すなわち戦争の遂行,武力の行使等や,戦争の準備行為等によって,②個人の生命,自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ,あるいは,現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合や,憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には,平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして,裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解される。
(2)本件参拝による原告らの平和的生存権の侵害
ア 本件参拝及び本件参拝受入行為が戦争の準備行為に当たること
靖國神社は,宗教法人の外形を取ってはいるものの,侵略戦争において亡くなった人々を顕彰する施設であり,ひいては侵略戦争それ自体を賛美するための施設にほかならない。靖國神社は,戦争でなくなった人々を英霊として顕彰し,国家のために戦争で死ぬことを賛美するための存在であって,軍国主義時代の日本の精神的基盤を継承していることは明らかである。
被告安倍は,第一次内閣のとき,靖國神社に参拝することができなかったものの,第二次内閣を組織したのちは,自らの念願をかなえるべく本件参拝を行った。被告安倍は,前記のような靖國神社の理念や性質を熟知した上で,あえて本件参拝を行ったのである。
また,被告安倍は,本件参拝に先立ち「私を右翼の軍国主義者と呼びたければ,そう呼んでいただきたい」などと発言し,靖國神社への参拝に関しても「第一次安倍内閣で参拝できなかったことは痛恨の極みだ」,「国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対して,哀悼の誠をささげるとともに,尊崇の念を表し,御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました」などと述べている。被告安倍は,過去の日本の戦争を反省し,国の無策によって命を失った人々に謝罪するのではなく,戦争によって亡くなったこと自体が尊いことであるかのように論理をすり替え,戦争を美化し,賛美していることは明らかである。本件参拝は,被告安倍の思想または政治的方針を実現するべくなされたものであり,戦争に向けて広く日本国民が戦争を受け入れる精神的土壌を作り出すべく行われたものに他ならない。
そして,被告靖國神社も,かかる被告安倍の参拝に至る経緯や主観的意図を十分に認識した上で,本件参拝を受け入れたのである。
本件参拝及び本件参拝受入行為は,戦争の準備行為としての性質を有していると言うべきである。
イ 本件参拝及び本件参拝受入行為により個人の自由が侵害の危機にさらされ,あるいは,現実的な戦争による被害や恐怖にさらされたこと
従前,日本と韓国,日本と中国の間には,歴史認識を巡る問題,領土を巡る問題等が長年にわたって存在しており,近時はいわゆるヘイトスピーチも問題として顕在化している。
そのような状況下において,被告安倍は,首相就任以来,現行の日本国憲法の改正を試み,憲法解釈の変更によって集団的自衛権の容認し,これらを含めた立憲主義の破壊を企図する諸政策,諸発言によって,韓国,中国,アメリカを含めた国際社会や,広く日本国民の反発を招いていた。
そして,被告安倍が本件参拝を強行した事実は,政府発表およびマスコミにより,社会に広く周知され,被告安倍および現在の政府の政治的意向が広く知られることとなった。
被告安倍は,各国の反発のみならず,原告らの信仰の自由,宗教的人格権,遺族感情,思想信条等を脅かすことになることを十分に認識しながら,あえて本件参拝を行ったのである。
そして,被告靖國神社は,そうした社会的・国際的状況と,本件参拝が国内外に与える影響力を認識した上で,本件参拝を積極的に受け入れたのである。
本件参拝及び本件参拝受入行為は,各国の反発を招き,近隣諸国との関係を悪化させ,ひいては軍事的な衝突も起こりうる状況となった。また,かかる行為はそれ自体,精神的側面から戦争を受け入れる状況を作り出すものであり,戦争の準備行為となるものであった。本件参拝及び本件参拝受入行為が,原告らの自由を脅かし,恐怖に陥れたというべきである。
ウ 結論
したがって,被告安倍による本件参拝は,戦争の準備行為に当たり,また,これによって原告らの生命・自由が侵害の危機にさらされ,あるいは,現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるに至った。原告らの平和的生存権が侵害されたことは明らかである。
7 在韓原告らの人格権侵害
本件原告の中には,在韓原告がいる。在韓原告には在韓原告であるがゆえに基礎付けられる被侵害利益がある。それについて以下でまとめる。
(1)宗教的人格権
ア 前述のとおり,国家によって宗教的に静謐な環境を乱されない権利及び一定の宗教的意味づけをされない権利も,宗教的人格権として保障される。
ここでいう国家とは,現在の自国政府のみを意味しない。なぜなら,信仰は人間にとって,最も私的・個人的な事柄のひとつであり,故に個人に対して強い影響力を及ぼしうる全ての権威,権力から干渉を受けてはならない性質のものだからである。とりわけ,その権威,権力が,かつて過去に自国を植民地化し,自分を管理,支配していた国家であった場合には,自国政府に匹敵する,ないしそれ以上に,干渉を受けないことが要請される。そして,戦前日本が行った皇民化政策によって文化を奪われ,氏名を奪われ,神社に強制的参拝をさせられ,強制徴兵・徴用によって肉親を奪われ戦死させられた韓国・朝鮮人からみれば,まさに日本という国家は「自分たちを管理,支配してきた国家」に当たるから,在韓原告らの宗教的人格権も憲法によって保障される。
イ 靖國神社は,皇民化政策のシンボルであり,在韓原告らにとっては屈辱的な植民地支配の象徴そのものであるところ,本件参拝は,過去の宗教弾圧,強制参拝の忌まわしい記憶を喚起させ,在韓原告らの宗教的に静謐な環境を乱すことになるからである。
したがって,本件参拝及び本件参拝受入行為は,在韓原告らの宗教的人格権を侵害するものである。
(2)平和的生存権
前述したとおり,平和的生存権は憲法前文に根拠を有し,具体的権利性も有する。平和的生存権について憲法は,「われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と明示しているように,憲法9条に違反する国の戦争の遂行,武力の行使等や,戦争の準備行為等によって,故人の生命,自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ,あるいは,現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合や,憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には,他国民についても平和的生存権は保障される。したがって,本件の在韓原告らにも平和的生存権は保障される。 そして,本件参拝は,世界各国の反発を招き,近隣諸国との関係を悪化させ,ひいては軍事的な衝突も起こりうる状況を作り出すものであった。特に,アジア・太平洋戦争において我が国から多大な被害を受けた韓国・朝鮮との関係悪化は甚大なものである。さらには,本件参拝それ自体が精神的側面から戦争の準備行為となるものであって,在韓原告の自由を脅かし,恐怖に陥れた。
したがって,本件参拝及び本件参拝受入行為は,在韓原告らの平和的生存権を侵害する。
(3)戦没者遺族の人格権
また,本件原告の中には,アジア太平洋戦争中の日本による韓国の植民地化時代に,侵略戦争に動員されて戦没し,被告靖國神社に合祀された者の遺族もいる。そして国及び靖國神社に対し,合祀を取り消すことを求めて訴訟を提起している者もいる。意に反して日本の侵略戦争に動員されて無念の死を遂げたにもかかわらず,侵略戦争を正当化する教義をもつ靖國神社に合祀されることは,まさに本人及びその遺族の宗教的人格権を侵害するものであるからである。すなわち,靖國神社への合祀は,被合祀者の死・魂を,国のための尊い犠牲,英霊,御霊などといった靖國神社独自の教義に沿った意味付けをする行為であり,同教義を信仰しない者,とりわけ意に反して日本の侵略戦争に動員されて無念の死を遂げた韓国人にとっては,宗教的人格権を侵害する。
また,上記のような合祀及び合祀による戦没者の意味づけは,宗教的人格権の他に幾多の人格権侵害を伴う。すなわち,上記合祀は,原告らの意思に反して,韓国人原告らの肉親を「皇国臣民」「大東亜戦争の英霊」として意味づけるものであるから,これによって同人らの名誉権(親日派等のラベリングによる社会的評価の低下),民族的人格権(韓民族であることのアイデンティティー),家族的な紐帯の中で戦没者である肉親を敬愛追慕する人格権を侵害する。また,上記合祀は,創氏改名による日本風氏名による合祀を行うもので,韓国人原告らの血縁関係や祖先を冒涜するもので韓国人原告らの姓名権を侵害する。さらに,韓国人には独自の霊魂観にしたがって,親族の死を「慰霊追悼」する習俗があるところ,上記合祀はその習俗的追悼権を侵害するものである。
本件被告安倍の靖國神社参拝行為及び被告靖國神社による本件参拝受入行為は,上記のような合祀による人格権侵害を,新たに繰り返し,更なる人格権侵害を行うものである。すなわち,本件参拝(及び本件参拝受入行為)は,日本国政府が,被告靖國神社による合祀自体を肯定するとともに,上記のような被合祀者の死に対する宗教的意味づけをより強固にし,さらには日本の国内外に対して靖國神社の教義を喧伝して被合祀者を同教義に沿って慰霊することを奨励するものであるから,合祀によって韓国人が被った上記の各人格権侵害を繰り返すものに他ならない。
したがって,本件参拝は,在韓原告らの宗教的人格権及びその他の人格権を侵害する。
8 自由権規約第18条違反
(1)自己の宗教ないし信念を保持する自由
日本は,1979(昭和54)年に『市民的及び政治的権利に関する国際規約』(昭和54年条約第7号。以下,「自由権規約」という。)を批准した。
自由権規約では,「自ら選択する宗教ないし信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」(自由権規約18条2項)ことが保障されている。
ここで,自由権規約第18条2項において禁止される「強制」には,間接的ないし不明確な形態の不当な圧力や影響力も含まれる(元百合子著『宗教的人権の国際保障―国際人権法から見た靖國合祀』)。国連人権理事会の特別報告者は,宗教的人権に関する諸原則を提案する中で,宗教的規範や行動様式を強要されない権利を,宗教の自由の重要な要素と捉えていた。それによれば,自己の宗教ないし信念に反する宗教的・無神論的指示に従うことを強要されない自由,埋葬とその場所,象徴,儀式などの関連する事項のすべてを,死者の宗教ないし信念の決まりに従っておこなう権利,部外者による冒涜や干渉から平等に保護を受ける権利がそれに含まれる。
なお,1959(昭和34)年と1960(昭和35)年に各地で勃発した反ユダヤ主義の事件に応えて生まれた『宗教又は信念に基づくあらゆる形態の不寛容及び差別の撤廃に関する宣言』(1981年11月25日採択。国際連合総会第36回会期決議36/55。以下,「宗教的不寛容撤廃宣言」という。)においても,「何人も,自ら選択する宗教又は信念を受け入れる自由を侵害するおそれのある強制を受けない。」と定められている。宗教的不寛容撤廃宣言は,慣習国際法の規則を文書化したものと見做すことが可能なほど,国際社会のメンバーが遵守することへの期待が示唆されている(ナタン・レルナー著『宗教と人権』47頁)。
(2)本件参拝行為およびその受入行為自体による侵害
被告安倍が,国のために戦死することを最大の栄誉としてまつる精神システムとして機能してきた靖國神社に内閣総理大臣として参拝した本件参拝行為および被告靖國神社による本件参拝の受入行為は,死の意味付けという極めて宗教的な事柄に国家が特定の立場に立つことを意味する。これによって,自らそれと異なる宗教ないし信念を選択する者は,自分が国家から疎外されているという不当な影響力を受け,自ら選択した宗教ないし信念を保持する自由を侵害されかねない。すなわち,被告安倍による本件参拝行為及び被告靖國神社によるその受入行為は,それ自体として「自ら選択する宗教ないし信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制」であり,自由権規約第18条2項に違反するものである。
(3)合祀を肯定・助長することによる侵害
日本政府は,自由権規約の締約国として,自由権規約18条に基づき,被告靖國神社という非国家主体による人権侵害行為から被害者である合祀を望まない遺族を積極的に保護する義務を負う(A/60/399,para53)。
戦没者の靖國神社への合祀は,戦中は「天皇のために死んだかどうか」を主たる基準として陸海軍の審査を得た合祀候補者を,天皇が裁可して神社側に通知して行われていた。戦後は,合祀事務は厚生省引上援護局に引き継がれたが,国の関与は,適格者名簿の提供,予算措置,都道府県への協力指示などに及んだ。このように,合祀は,戦中・戦後を通じて国と靖國神社が緊密な連携の下に取組んできた国家プロジェクトであり,本人や遺族の意思とは無関係に行われてきたのである。
また,たとえ遺族から合祀取消し請求があっても被告靖國神社はこれまで請求に応じてこなかった。
したがって,合祀は,自分と異なる宗教ないし信念であるという理由で合祀を望まない本人および遺族の「自ら選択する宗教ないし信念を保持する自由を侵害するおそれのある強制」にあたることは明白である。
それにもかかわらず,被告安倍は日本政府の内閣総理大臣として本件参拝を行い,被告靖國神社がその参拝行為を受け入れた。本件参拝行為及びその受入行為は,被告靖國神社が行う自由権規約第18条2項に反する合祀行為を肯定し助長する行為であるという点において,自由権規約第18条2項の違反行為を助長するものとして自由権規約第18条2項違反である。また,同時に非国家主体からの人権侵害から被害者を積極的に保護するという自由権規約第18条に基づき国家が負う義務の違反である。
9 損害
上記のとおり,本件参拝及び本件参拝受入行為は,違憲乃至違法であり,これによって原告らは上記のような権利侵害を受け,その結果多大な精神的苦痛を被った。原告ら各人の被った損害は,どんなに低く見積もっても金1万円を下らない。
第7 本件参拝及び本件参拝受入行為の差止め
1 被告安倍の参拝行為の差止め
(1)差止めの必要性が高いこと
ア 侵害の継続性
被告国の長である内閣総理大臣による靖國神社公式参拝は,被告安倍以前においても,1985(昭和60)年の中曽根首相(当時)以降,小泉首相(当時)等が行っており,根強い反対世論や,本訴同様の訴訟提起にもかかわらず,繰り返し敢行されてきた。
被告安倍自身は,二度目の内閣総理大臣就任前の2012(平成24)年10月17日,自民党総裁として靖國神社の秋季例大祭に合わせて参拝し,その際,取材した記者たちに対し,「国のために命をささげた英霊に対し,尊崇の念を表するために参拝した。」と,参拝の趣旨を述べている。
続いて被告安倍は,同年12月26日に内閣総理大臣に就任すると,2013(平成25)年2月7日,衆院予算委員会で「第1次安倍内閣において参拝できなかったことは痛恨の極みだ。」と答弁し,靖國神社参拝に強い意欲を示した。同年4月21日には,春季例大祭に合わせて真榊(まさかき)を奉納,同年8月15日には,自民党の萩生田光一衆院議員(総裁特別補佐)を通じ,私費で玉串料を奉納した。さらに,同年10月22日,衆院予算委員会で「第1次安倍政権の任期中に参拝できなかったことは痛恨の極みだ。その気持ちは今も全く変わっていない」との答弁を繰り返した。
その上で,被告安倍は,同年12月26日という被告安倍が内閣総理大臣に就任してからちょうど満1年にあたる日に,宿願の靖國神社公式参拝を敢行した。
被告安倍自身の靖國神社公式参拝は,回数としては1回であるが,一連の現役首相の靖國神社公式参拝に連なるものであり,また,被告安倍の内閣総理大臣就任後の強い信念に基づく言動に連続するものであるから,今後,被告安倍が再び靖國神社公式参拝を行うおそれが大きいことが明らかである。
イ 侵害の態様
被告安倍は,内閣総理大臣となったからには靖國神社参拝は当然に行うべきである,との信念を明確にしている。いかなる批判や反対をも押し切って,これを断行する強い意思を有していることが明らかである。
本件参拝行為は,2004(平成16)年4月7日の福岡地方裁判所判決や2005(平成17)年9月30日の大阪高等裁判所判決で,小泉元首相の靖國神社公式参拝について違憲とする司法判断が出ているにもかかわらず敢行されたものである。すなわち,被告安倍は,自身の靖國神社公式参拝が違憲である可能性を認識しつつ,2013(平成25)年12月26日の公式参拝を敢行したといえ,行政府の長として憲法を尊重擁護し,立憲主義を重んじる立場であるにもかかわらず司法判断を軽視し,原告らをはじめとした多数の国民の人権侵害のおそれについて理解した上で参拝を行うものであり,侵害の態様は悪質である。
ウ 侵害の程度
被告安倍による靖國神社公式参拝に対しては,中国,韓国だけでなく,米国等日本国外から激しい批判を呼び起こし,また,これら批判に対する日本側の再反発を呼び起こした。たとえば,米国は,「日本は大切な同盟国だが,日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」と本件参拝を批判したというものがあり,侵害の社会的影響力は大きい。このような大きな社会的反響に照らしても,被告安倍の靖國神社参拝による侵害の程度が大きいことは明らかである。
エ 差止めによってもたらされる不利益
一方,靖國神社参拝は国政にかかわるものではないから,たとえ差止めとなっても,被告安倍の執務に支障が生ずるおそれは極めて低い。
オ 小括
以上より,靖國神社公式参拝による侵害は,歴代首相や被告安倍のこれまでの言動に連なる継続性を有するものであり,2013(平成25)年12月16日の靖國神社公式参拝の立憲主義を軽視した悪質性,国内のみならず国際的にも大きく広がった批判の声から明らかな侵害の重大性からすれば,被告安倍が再び靖國神社を公式参拝する可能性は高く,現在において被告安倍の靖國神社公式参拝,および靖國神社の現役首相の靖國神社公式参拝受入れを差し止める必要性は高い。
(2)重大な損害が生じるおそれが大きいこと
本件参拝行為による被侵害利益は,憲法20条により保障される多く多様な市民の信教の自由および憲法前文より導かれる平和的生存権,さらには憲法20条および自由権規約18条により保障される戦没者遺族らの宗教上の人格権,といったきわめて個人の精神的内面的世界に関する重要な権利であり,事後的に損害賠償を求めて争う途があるというだけではその保護は極めて不十分である。
(3)結論
よって,原告らは,請求の趣旨記載のとおり,被告安倍の靖國神社公式参拝行為の差止めを求める。
2 被告靖國神社の受入行為の差止め
(1)差止めの必要性が高いこと
ア 侵害の継続性
被告靖國神社は,2013(平成25)年12月26日午前7時ころ,被告安倍から参拝する意向を告げられ,同日午前11時32分に被告靖國神社の徳川宮司が被告安倍を到着殿において出迎えた。また,被告安倍が鎮霊社や本殿で参拝する際,被告靖國神社の宮司及び神職らが先導した。
こうした被告靖國神社のその受入行為と被告安倍の靖國神社への公式参拝行為とが一体のものであることは上述のとおりである。加えて,これまで中曽根首相および小泉首相の靖國神社への公式参拝の際にも,被告靖國神社は一体となって受入行為を行ってきた。
したがって,上述のように被告安倍の靖國神社公式参拝は,回数としては1回であるが,一連の現役首相の靖國神社公式参拝に連なるものであり,また,被告安倍の内閣総理大臣就任後の強い信念に基づく言動に連続するものであるから,今後,被告安倍が再び靖國神社公式参拝を行うおそれが大きいことが明らかである以上,それに一体となって靖國神社による受入行為が行われるおそれが大きい。
イ 侵害の態様
2004(平成16)年4月7日の福岡地方裁判所判決や2005(平成17)年9月30日の大阪高等裁判所判決については新聞等でも報道されていたことから,被告靖國神社も,当然それらの判決を知っていたものと考えられるところ,被告靖國神社が,歴代の内閣総理大臣による参拝を強く求めてきたことは公知の事実である。すなわち,被告靖國神社は,原告らをはじめとした多数の国民の人権侵害のおそれについて理解した上で参拝の受入を行っているものであり,侵害の態様は悪質である。
ウ 侵害の程度
本件参拝行為による社会的影響力は上述のとおりであり,被告靖國神社の受入行為も本件参拝行為と一体である以上,その社会的影響力は大きく,被告靖國神社の受入行為により数多くの人権侵害が発生することは明らかである。
エ 差止めによってもたらされる不利益
一方,靖國神社は本来は国家から独立した存在であるべきであるから,仮に受入行為が差止めとなり,被告安倍その他内閣総理大臣の公式参拝に対し出迎えたり,先導したりする受入行為が出来ないとしても,その執務に支障が生ずるおそれは極めて低い。
(2)重大な損害が生じるおそれが大きいこと
本件受入行為は本件参拝行為と一体のものであり,本件受入行為による被侵害利益も,憲法20条により保障される多く多様な市民の信教の自由および憲法前文より導かれる平和的生存権,さらには憲法20条および自由権規約18条により保障される戦没者遺族らの宗教上の人格権,といったきわめて個人の精神的内面的世界に関する重要な権利であり,事後的に損害賠償を求めて争う途があるというだけではその保護は極めて不十分である。
(3)結論
よって,原告らは,請求の趣旨記載のとおり,被告靖國神社が被告安倍の内閣総理大臣としての靖國神社への参拝行為を受け入れる行為の差止めを求める。
第8 違憲の確認
上記第6で述べたとおり,本件参拝及び本件参拝受入行為は,政教分離原則(20条3項等)に違反するとともに,信教の自由(同20条1項),宗教的人格権(同13条,20条1項及び3項),平和的生存権(同前文,同9条1項及び2項),(以下は韓国人原告ら特有)名誉権(同13条),民族的人格権(同13条),家族的な紐帯の中で戦没者である肉親を敬愛追慕する人格権(同13条),姓名権(同13条),習俗的追悼権(同13条)を侵害する行為であって,違憲である。
そして,上記違憲行為は,被告安倍及び被告靖國神社が一体となって行ったものであるから,原告らのうち,原告関千枝子,同李煕子は,被告安倍による本件参拝及び被告靖國神社による本件参拝受入行為の双方について,違憲の確認を求める。
なお,上記第6の1で述べたように,本件参拝及び本件参拝受入行為に関しては,国が各種の援助助長策を講じ,きわめて重要な程度にまでかかわり合いになった場合であり,かつ,本件参拝及び本件参拝受入行為は一体となって行われているという意味において,被告靖國神社の行為は,国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使する場合に当たる。よって,本件参拝及び本件参拝受入行為についてみる限り,被告靖國神社の行為は,国家権力の行為と同視すべきであり(国家同視説),よって憲法法規は私人である被告靖國神社と原告らとの関係でも適用される。したがって,上記の憲法違反は,当然のことながら被告靖國神社との関係でも妥当するものである。
第9 被告国の責任(国家賠償責任)
1 主体及び職務関連性
本件参拝の時点で,被告安倍が内閣総理大臣の地位にあることは公知の事実である。
また,2012(平成24)年9月14日の自民党総裁選時の共同記者会見において「政権公約」として靖國神社参拝の意思を明らかにしたこと,本件参拝が政権発足後1年経過した日に行われていること,本件参拝の予定について参拝前日の2013(平成25)年12月25日夜には韓国政府に,本件参拝当日午前にアメリカ合衆国政府に事前に連絡し,国内的にも与党である自由民主党幹事長及び公明党代表にも被告安倍自ら電話して理解を求めていること,本件参拝の態様を見るに公用車を用いて,玉串料を納めて「内閣総理大臣安倍晋三」と記帳し,「内閣総理大臣 安倍晋三」の札をかけた花を奉納していること,本件参拝直後に被告安倍が首相官邸を通じて談話を発表していること,その中で本件参拝が自身の政権発足後1年目の日を選んで行われた旨述べていること等の事情に鑑みれば,本件参拝が内閣総理大臣たる地位に基づいて行われたことは明らかである。
したがって,「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員」が「その職務を行うについて」行われた行為であることは明らかである。
2 故意過失
(1)首相の靖國神社参拝に伴う違法性と精神的苦痛の熟知
加えて,被告国は,これまで幾多の首相による靖國神社参拝を繰り返してきたところ,岩手靖国住民訴訟控訴審判決(仙台高判平成3年1月10日,判時1370号3頁)において違憲判断が下され,1985(昭和60)年8月15日の中曽根首相の公式参拝については,大阪高裁判決(1992(平成4)年7月30日,判例時報1426号85頁)が憲法20条3項,89条に違反する疑いがある旨判示し,福岡高裁判決(1992(平成4)年2月28日,判例時報1434号38頁)が首相の参拝が制度的に継続されれば違憲の疑いがある旨判示した。
さらに,2001(平成13)年8月13日の小泉首相の公式参拝に対しても,福岡地裁判決(2004(平成16)年4月7日,判例時報1859号125頁),大阪高裁判決(2005(平成17)年9月30日判決(訟月52巻9号2801頁)において違憲判断あるいは違憲の疑いが表明されている。
上記のとおり,首相の靖國参拝については,度重なる違憲判断乃至違憲の疑いを表明する判決が出されており,同参拝行為によって信教の自由,宗教的人格権,平和的生存権等の人権・人格権が侵害されて多くの市民が精神的苦痛を被るとの訴えがされていた。すなわち,首相の靖國神社参拝が憲法に違反するものであり,かつ人権乃至人格権侵害を伴って,多くの市民に精神的苦痛を与えるものであることを,被告国及び被告安倍も熟知していたにもかかわらず,敢えて本件参拝を行っているのであって,この点について被告らに故意があることは明らかである。仮に故意がなくとも,重大な注意義務違反があることは明らかである。
(2)戦没者合祀に伴う違法性と精神的苦痛の熟知
上記の被告国の共同合祀行為は,政教分離原則違反であるだけではなく,戦没者をその遺族を無断で,或いは遺族の意思に反して慰霊する点で,宗教的人格権その他重大な人権侵害である。この点,親族を靖國神社に無断で合祀されている遺族が,憲法違反と人格権侵害等を理由に,被告国を被告に次々と訴訟を提起した(合祀絶止等請求事件,判時1931号70頁等),霊璽簿からの氏名抹消等請求事件(判時2104号48頁祀等),第二次大戦戦没犠牲者合祀絶止等請求事件など)。上記訴訟において,上記共同合祀行為及び被告靖國神社による合祀継続と合祀取り下げ拒否行為によって遺族が多大な精神的苦痛を受けたことを明らかにした。また,一部判決(上記合祀絶止等請求事件(判時1931号70頁等))においては,上記の国による共同合祀行為が,政教分離原則違反である旨を判示した。
すなわち,戦没者合祀の経緯に鑑みれば,靖國神社に戦没者が合祀されている状態自体が政教分離原則違反であり,かつ遺族の一部からすれば被告国の上記共同合祀行為に基づいて被告靖國神社が合祀を継続しかつ合祀を拒否していることによって人格権侵害を伴う精神的苦痛を被っている。
このような靖國神社に日本国の首相が参拝して,靖國合祀を奨励,賛美するような行為を行えば,戦没者遺族らが更なる精神的苦痛を被ることは自明であった。とりわけ,韓国人の戦没者遺族にとっては,植民地支配を行った国の首相が,侵略戦争の精神的支柱であり今なお,これを「聖戦」として礼賛する歴史観を有する靖國神社に参拝することが著しい精神的苦痛を伴うことは明らかであった。
上記事情を被告国及び被告安倍も熟知していたにもかかわらず,敢えて本件参拝を行っているのであって,この点について被告らに故意があることは明らかである。仮に故意がなくとも,重大な注意義務違反があることは明らかである。
(3)小括
上記のとおり,本件参拝が,被告国又は被告安倍の故意又は過失に基づく行為であることは明らかである。
3 違法性及び権利侵害
上記第6で述べたとおり,本件参拝が,違法性及び権利侵害を伴う行為であることは明らかである。
第10 被告安倍の個人責任
1 靖國参拝に対する政府見解及び懇談会の報告書,違憲判決等
(1)政府見解
日本国政府は,従来の政府統一見解(1980年11月17日)を改めて首相の公式参拝が憲法に反しない場合があることを認めたが,これを「今回のような方式(靖國神社の本殿又は社頭において一礼する方式)による」場合に限定している(1985(昭和60)年8月15日 藤波官房長官談話)。また,その後,政府はA級戦犯の合祀されている靖國神社に首相が公式参拝することが,過去の侵略戦争に対する反省の決意に対して不信を招くので,国際社会の平和の構築と近隣諸国の国民感情に配慮して靖國神社に対する首相の公式参拝を控える旨の談話を発表している(1986(昭和61)年8月14日 後藤田官房長官談話)。
(2)各懇談会の報告書
「閣僚の靖國神社参拝問題に関する懇談会」の報告書(1985年8月9日付)においても,公式参拝が,宗教団体や国民から多くの疑念が寄せられていることから政治的社会的な対立混乱を生じさせること,国家と宗教の「過度のかかわり合いに当たる」旨の意見が付記されている。また「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」の報告書(2002年12月24日)においても,靖國神社のように「個々の死没者を奉慰(慰霊)・顕彰するための施設ではなく」,「何人もわだかまりなくこの施設に赴いて追悼・平和祈念を行うこと」のできる施設の必要性が述べられている。
(3)国内外の批判,違憲判決等
さらに,上記4で詳述したように,過去の首相による靖國神社参拝は国内外の批判に晒され,特に中曽根参拝及び小泉参拝に対しては,違憲訴訟の提起が相次ぎ,一部の訴訟では違憲判決が下されている。
2 小括
被告安倍が内閣総理大臣であり,かつ「国のために命をささげた英霊に国のリーダーが尊崇の念を表すのは当然だ。」(2013年2月7日の衆議院予算委員会の答弁)と首相の公式参拝に強い意欲と関心を有している以上,上記政府見解及び懇談会の報告書,及び違憲判決の内容を熟知していたことは明らかである。よって,上記第9で述べたように,被告安倍は,本件参拝が違憲であり,原告らの各種権利を侵害することを熟知した上で本件参拝に及んでいることは明らかであり,この点に故意乃至重大な過失があることは明らかである。
よって,被告安倍は,民法709条に基づき,原告らがこうむった前記損害を賠償すべき責任がある。
第11 被告靖國神社の責任
1 被告靖國神社による合祀行為
アジア太平洋戦争後,1945(昭和29)年11月19日,将来靖國神社に祭られるべき陸海軍軍人軍属等の招魂奏斎のための臨時大招魂祭が執行され,同祭において招魂された「みたま」の中から,合祀に必要な諸調査の済んだ「みたま」を,1946(昭和21)年以降57回にわたって合祀してきている。この戦後の合祀は,厚生省援護局等々に引き継がれた。よって戦後にあっても,復員に関する事務は,正規の国家機関の事務として厳然と存在し,継続されたのである。 即ち,戦後も厚生省は,戦前の例にしたがい,合祀対象になるアジア太平洋戦争の軍人・軍属等の戦没者について,戦没者名簿を作成し,少なくとも1977(昭和52)年ころまではこれを毎年,靖國神社に通知していた。
一方,靖國神社も,戦前の陸海軍大臣からの上奏裁可に変わるものとして,国(厚生省)からの通知に従い,旧陸海軍の取扱った前例を踏襲して,その名簿に記載された戦没者を,毎年,合祀してきた。
このように,戦後は,靖國神社の宗教法人化にともない,直接的な国の単独行為としては行われていないが,少なくとも1977(昭和52)年ころまでは,国と靖國神社が一体となり,あるいは国の委任または格別の協力をうけて靖國神社が合祀を行っているのである。
2 遺族による合祀取下訴訟
これら被告靖國神社の合祀行為は,故人の合祀を望まない遺族によって,たびたび,人格権を侵害するものとして,取り下げ請求が行われてきた。すなわち,2006(平成18)年には被告靖國神社に合祀されている者の遺族が人格権に基づき,合祀の取り下げを求め,大阪地方裁判所に訴えを提起した。また,2007(平成19)年には,韓国人の遺族が同じく靖國神社に対し,合祀の取り下げを求めて訴えを提起し,同種の事件は,2013(平成25)年にも提起されている。
このように,被告靖國神社に対する合祀が遺族の人格権を侵害するものであることは,たびたび同訴訟の被告となってきた被告靖國神社自身が最も認識していたのである。
3 本件参拝の態様
しかるに,本件参拝において,被告靖國神社は,到着殿前で公用車を降りた被告安倍を出迎え,到着殿へと先導した。その後,被告安倍が,到着殿で玉串料3万円を私費で支払い,「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し,拝殿を通り抜けて鎮霊社を参拝し,再び拝殿を通って本殿へ移動する際も,神職は先導を行っていた。また,本殿の入口の両側には,被告安倍が奉納した「内閣総理大臣 安倍晋三」と書かれた札をかけた白い花が置かれていた。そして,この間,拝殿内には,被告安倍,被告安倍の側近,被告靖國神社の職員以外の人間はいなかったのであるから,被告安倍が,上記のように極めて形式立った参拝行為に及ぶことができたのは,被告靖國神社が人払いを行い,積極的に本件参拝を受け入れたからに他ならない。
4 共同不法行為責任
上記の参拝行為は,被告靖國神社の協力がなければできないものであり,被告靖國神社は,被告安倍の参拝を受け入れるという形で,上記の被告安倍の不法行為にとって,不可欠の役割を果たしたのである。しかも,上述のように,被告靖國神社は,合祀行為によって原告らを含む遺族の人格権を侵害することを認識していたのであるから,被告安倍の本件参拝によって,原告らの上記権利を侵害することは,認識していたことは明らかである。
5 まとめ
よって,被告靖國神社は,原告らの権利を侵害する故意をもって被告安倍の本件参拝を受け入れた事は明らかであるから,民法719条の共同不法行為責任に基づき,被告靖國神社は,原告らのこうむった損害を賠償する責任を負う。
第12 憲法判断のあり方
1 日本国憲法における憲法判断の枠組
日本国憲法が採用した違憲審査制は,ドイツ等のとる「憲法裁判所型」ではなく,米国等のとる「司法審査型」の類型に属するとするものが通説であり,最高裁判所も警察予備隊違憲訴訟判決(1952(昭和27)年10月8日民集6巻9号783頁)において,「我が裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない」と判示して,「司法審査型」に属することを示唆している。
しかしながら,事件の性質,重大性,反復性などからして,憲法判断が必要とされると裁判所が判断するときには憲法判断を行うことは禁止されていないばかりか,むしろ憲法判断を積極的に行うべきだとされる場合も存在する。いわゆる「司法審査型」においても「憲法秩序維持目的」は重要な目的であり,司法機関たる裁判所も「憲法秩序」を維持することには絶えず配慮していく必要がある。そうであるなら,重大な憲法秩序侵犯がみられる場合には,具体的争訟を前提にしたうえで,また謙抑性・自制を踏まえたうえで,裁判所は積極的に立法・行政機関に対して警告を発して行くべきであるし,それは裁判所に与えられた重要な任務である。立法・行政機関による明白な憲法違反行為に対して裁判所がこれを放置し,何ら警告を発することなくただ手をこまねいていることを現行憲法が許しているとは到底思えない。裁判所がはどめにならないと憲法の番人である裁判所の役割を全うすることはできない。
裁判所は,事件の重大性や違憲状態の程度,その及ぼす影響の範囲,事件で問題にされている権利の性質等を総合的に考慮し,十分理由があると判断した場合は,憲法判断に踏み切ることができるものと解すべきである。国民の人権にかかわっており,類似の事件が多発するおそれがあり,しかも憲法上の争点が明確である場合には,厳密な意味で「主文の判断に直接かつ絶対必要な」場合か否かを問わず,憲法判断に踏み込むことが許されると解される。
2 本件参拝に対する憲法判断の必要性
被告安倍による靖國神社参拝は,首相の靖國神社参拝に対し以前から存する内外からの批判にも拘わらず行われたものである。被告安倍が表明している靖國神社参拝への強い意思からみて被告安倍の靖國神社参拝は,一過性のものではなく放置すれば「継続性」「繰り返し」なされるおそれが強い。被告安倍の本件靖國神社参拝に対して裁判所が憲法判断を行わないならば,今後,公務員による靖國神社参拝に対するはどめが無くなり政教分離原則は空洞化してしまう。「国家神道」体制の反省からなる日本国憲法の「政教分離原則」は,いわば憲法の背骨をなす重要な原則である。「公人としての参拝」がひとたび違憲とされないとなれば,公務員による公的参拝をはじめとして,靖國神社と国とのさまざまな関係を容認する事態を招き,少数者の人権が再び侵害されることが予想されるなど,その影響するところはきわめて大である。裁判所がなんらの判断も示さないことは,実際には現状を肯定することになり,重大な違憲行為を永続化させ,正当化させることにもなり,裁判所が結果的に憲法をないがしろにしたこととなってしまう。その意味で,福岡地裁判決,大阪高裁判決が,傍論としてではあれ,憲法判断に踏み込んだことは評価される。とくに,福岡地裁判決が付加した憲法判断を行う理由についての部分は説得的であり,高く評価される。そもそも政教分離原則が定められているのは,政治と宗教との分離がおろそかにされ政治と特定の宗教が結びつけば,その行為の目的や行為の効果を問うまでもなく,相対的な領域を扱う政治が,絶対的価値を掲げて脅威を振るうようになるおそれが極めて大きいという歴史の教訓から,政治は特定の宗教と結びつくこと自体を避けるべきだという原則を維持する重要性を学んだからである。この重要な原則に反する行為をすれば,本来,その行為の目的・効果を論じることなくその行為自体が違憲であるとされるべきであるが,仮に目的・効果による検証をしても,国のために戦死した者の霊を慰霊・顕彰するという明白な宗教的目的があり,上記のとおり多くの人々のさまざまな自由権を侵害しており,本件の憲法違反行為が靖國神社を援助,助長,促進する効果は甚大である。
3 まとめ
当裁判所が,被告安倍の靖國神社参拝に対して,積極的に憲法判断を行い,憲法秩序保障者としての役割を果たすことを強く求める。
第13 請求原因の背景事実
日本国憲法は,平和主義とともに,政教分離原則を掲げている。政教分離原則は,政治と宗教の厳格な分離を定めたものであって,宗教団体が国から特権を受け,又は政治上の権力を行使することを禁じ(第20条1項後段),国及びその機関のいかなる宗教的活動をも禁じ(同条3項),宗教上の組織若しくは団体に対しての公金その他の公の財産の支出を禁じている(第89条前段)。ところが,靖國神社は一宗教法人に過ぎず,国政の最高責任者である内閣総理大臣がその地位にあるものとして靖國神社に公式参拝することは,その目的やその行為の効果を問うまでもなく政教分離原則に違反するものである。仮りに目的・効果基準に照らして見たとしても,目的に何ら正当性はなく,かつ靖國神社を援助,助長,促進する効果をもたらすものとして,政教分離原則に違反する。
加えて,靖國神社は,先の「大東亜戦争は正しい戦争だった」とする歴史観(聖戦思想)に立ち,A級戦犯を合祀しているだけではなく,そもそも戦死者の「追悼」施設ではなく「慰霊」,「顕彰」施設である。すなわち,国のために戦死した者をまつり,国のために戦死することを最大の栄誉としてまつる精神システムの中核として機能してきた。
被告安倍が提唱している2012(平成24)年4月発表の自由民主党の「日本国憲法改正草案」は,現行憲法前文から平和的生存権を削除し,第9条に国防軍を設置することを明記し,国民に「誇りと気概を持って自ら領土を守る」義務を課すなど,国防への国民の協力・動員につながる憲法改正を目指している。他方,このような憲法改正を待つこともなく,2012(平成24)年の臨時国会での法改正により外交・防衛の司令塔としての国家安全保障会議(日本版NSC)が始動し,これと一体をなす特定秘密保護法が成立,さらに国家安全保障基本法の制定と集団的自衛権の容認がもくろまれており,このまま放置すれば現行憲法の恒久平和主義がなし崩しにされ,憲法改正手続なしに憲法9条違反の事実が先行していくおそれが極めて強くなってきている。今回の被告安倍の靖國神社参拝は,これらの動きと軌を一にするものと言わざるを得ない。
被告安倍の靖國神社参拝は,近時緊張の高まっている中国や韓国の一層強い反発を招くものであり,被告安倍が強弁する「不戦の誓い」にはまったく逆行するものである。
内閣総理大臣がこのような参拝により明白な憲法違反行為を行ったこと自体,憲法に対する重大な挑戦である。被告安倍の靖國神社参拝行為をさらに正しく把握するためには,被告安倍による憲法秩序破壊の動きの全容を,日本を取り巻く内外の情勢と併せて把握することが不可欠である。
1 安倍内閣の憲法政策-立憲主義への挑戦,立憲主義の破壊
(1)日本国憲法改正草案
被告安倍が提唱する自由民主党「日本国憲法改正草案」の主な内容は,前文の全面改定,国防軍の創設,天皇の元首化,国民の義務条項増設,人権制約原理としての「公益及び公の秩序」規定の創設,表現の自由規制の強化,政教分離原則の緩和とこれに伴う信教の自由に対する制約,緊急事態条項,国民に憲法尊重義務の新設などであり,現行憲法の基本原則および立憲主義を大きく後退させ,現行憲法の中核的部分を改変し,集団的自衛権の行使を認め,わが国を戦争することができる国にしようとする内容となっている。自由民主党の改憲草案は,戦後を否定する歴史観に立ち,日本の戦後の反省と誓いの部分が削除されている。被告安倍の本件靖國神社参拝も,これと同じ流れである。戦後レジーム(体制)からの脱却を掲げ,憲法改正に意欲をみせる安倍首相は,東京裁判について2013(平成25)年3月の衆院予算委員会で「連合国側による勝者の断罪」との持論を展開。その歴史認識は歴代内閣とは一線を画している。
2012(平成24)年12月26日に発足した第二次安倍内閣は,このような視点から自由民主党の憲法改正案の内容を実現しようとしている。
(2)憲法96条先行改憲論
被告安倍は,憲法改正に意欲を示し,2013(平成25)年の参議院議員選挙後は,改憲に向けて,まず憲法改正手続規定である憲法第96条の発議要件を3分の2から過半数に緩和する改憲を先行すべしとする先行改憲案に積極的に取り組む姿勢を明確にした。その先には,自民党改憲草案に明記される,憲法第9条改定による「国防軍」の創設,集団的自衛権の行使容認による戦争ができる国に変えようという目的が存在する。発議要件の緩和は,単に手続き上の問題ではなく,憲法は,国民の自由や人権を保障するため,国家権力を縛るものであるとする立憲主義に反するとして要件緩和に対する反対意見が急速に拡大し,マスメディアの論調も,96条先行改憲には慎重ないし反対の立場が多数を占めてくるようになった。そもそも,改正の実質的内容を十分議論せずに手続のみを先行して緩和しようとする姿勢に対しては反対が強く,憲法は国家権力を縛るものであるとの立憲主義の概念が急速に国民の関心を集め憲法に縛られるはずの政府がみずからその縛りを取り払おうとする動きの危険性が広く認識されるようになり,憲法第96条先行改憲論は,現在では一応後退しているように見られる。
(3)集団的自衛権の行使容認
第二次安倍内閣は,集団的自衛権行使に道を開くべく,すでに集団的自衛権行使容認論者を過半とすると思われる有識者による懇談会(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)を開いて検討を始め,集団的自衛権の行使容認に取り組む姿勢を明らかにしている。
集団的自衛権の行使とは,日本が外国から攻撃を受けなくても日本と同盟関係にある相手国が攻撃を受けた場合には共同で戦争行為に参加するというものであり,政府自身も,これまで長年にわたり「憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は,我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており,集団的自衛権を行使することは,その範囲を超えるものであって,憲法上許されない」としてきた。憲法改正手続を経て憲法第9条を改正しないかぎり集団的自衛権の行使はできないとされ,憲法第9条を踏まえたこの立場は政府においても国民においても定着していた。憲法改正手続を経ずに政府見解で憲法第9条を踏みにじろうとする被告安倍の試みは憲法秩序を破壊するものであり許されるべきでない。
また,「国家安全保障基本法案」が,近く議員提案されると見られている。この法案の最大の問題は,集団的自衛権の行使を認めるものであり(第10条),そのための下位法として自衛隊法改正(第76条の2集団自衛出動規定の新設),武力攻撃事態法と対をなす集団自衛事態法制定,国際平和協力法(自衛隊海外派兵恒久法)などの制定を予定している(第5条・法制上の措置等)。このような,法の下克上とも言える違憲立法によって憲法の形骸化が進むことは,立憲主義の見地から許されないところである。
集団的自衛権の行使容認の結果,同盟国アメリカによる戦争への協力に積極的に参加することとなり,自衛隊の海外派兵,海外での武力の行使をもたらすことになり,武器使用基準や武力行使の禁止原則などの厳しい制約を取り払うことになる。
(4)特定秘密保護法の制定と戦争遂行の大本営に相当する日本版NSC(国家安全保障会議)の創設
新しい防衛計画大綱の策定は,特定秘密保護法の制定とともに国家戦略レベルでの日米同盟・軍事一体化を具体化する内容であり,憲法第9条の制約を侵すおそれが極めて強い。
日米で集団的自衛権が行使される場合,米軍の情報=自衛隊の情報となることから,集団的自衛権の行使には秘密保全法制が不可欠であるとして特定秘密保護法が強行採決により成立した。しかし,特定秘密保護法は,この種の法律では不可欠な法律の乱用を防ぐための手立てや手続が組み込まれておらず,このままでは法律が一人歩きしかねず,憲法上の重要な権利である国民の知る権利及び報道・取材の自由が侵害される危険が大きい法律であり,また裁判制度との関わりにおいても裁判の公開原則に大きな制約を課しかねず極めて問題のある違憲の疑いの濃厚な法律である。
さらに,新しい防衛計画大綱は,中国脅威論を背景に防衛予算の増大と,集団的自衛権行使や中国との武力紛争を想定して自衛隊の態勢の変革(陸上自衛隊の海兵隊化)を目指すとされている。対外的緊張を意図的に高め,外交的努力よりもむしろ武力によって対抗しようとし,対外的緊張を梃子に軍国化を進めようとしている。
2 被告安倍による靖國神社参拝の意図
日本を戦争のできる体制の国家に変えようとしている被告安倍は,憲法改正手続を経ることなく憲法違反の見解・政策の宣明・実行によって,現行憲法の恒久平和主義をなし崩しにしていこうとしている。
今回の安倍内閣総理大臣の参拝は,国のために死ぬことが名誉なことであるとして死の意味付けを被告安倍の宗教行為を通じて国民に示すことにより,靖国の思想を国民に浸透させ,戦争へ向かうときの精神的基盤とし,集団的自衛権の行使容認・武器輸出禁止原則の廃止・改憲による立憲主義の否定などの現政権の諸政策と連動した,戦争準備行為とみなさざるを得ず,集団的自衛権の行使に向けて戦争体制を支える精神的基盤を形成していくことを企図したものであると見られる。被告安倍による靖國神社公式参拝は,戦争ができる体制に国のかたちを変えようとする憲法破壊の動きと密接に関連し一体をなすものであり,かつ政教分離原則に反する憲法違反行為と言わざるを得ない。
被告安倍の本件靖國神社参拝は,個人の信仰にもとづいて私的な行為として参拝したものとは到底いえず,公の立場で公に参拝したものであるからそれによる影響は多大である。国のために戦死することを最大の栄誉としてまつる精神システムとして機能してきた靖國神社に,国政を担う者が「参拝」行為を行うことは,政教分離原則に明らかに違反し,死の意味付けという極めて宗教的な事柄について国家が特定の立場に立つことによってこれと異なる立場に立つ日本国民を国家みずからが疎外してしまう行為であるとともに,日本国民に限らず,外国人の遺族に苦痛を与え,平和を愛する諸国民の非戦の思いを侵害し,平和のうちに生存する権利をあえて侵害しようとする行為である。
被告国は合祀すべき者についての個人情報を被告靖國神社に長年に渡り提供し続け,もって被告国と被告靖國神社は,共同で政教分離違反行為を行ってきた。このような被告国の特別な便宜供与による政教分離違反行為及び被告安倍による靖國神社公式参拝という政教分離原則違反は,さまざまな宗教的立場,思想的立場を持つ者を自らの国民とする日本の国が,国内での分裂を発生させ,混乱を招来させることになる。宗教的信念を基礎とした無理な国家統合の試みは却って分裂を生むことになる。国家は宗教に対しては中立の立場を保つべきとすることが歴史の知恵である。被告安倍の靖國神社参拝行為によって,上述のとおり多くの人々のさまざまな自由権を侵害している。
また,本件参拝行為は,靖國神社という戦前の全体主義的な政治的象徴を承認,称揚,鼓舞する行為である。被告安倍が,従来の内閣法制局の見解を無視し集団的自衛権の行使について憲法に反しないと憲法解釈を変更して憲法第9条を換骨奪胎しようとしている事実,2013(平成25)年9月の訪米時に「私を右翼の軍国主義者と呼びたければ,そう呼んでいただきたい」と発言した事実等に鑑みれば,本件参拝は,靖國神社の有していた戦前の軍国主義の精神的支柱としての役割を現在において積極的に活用しようという意図のもと行われたものと考えざるを得ず,これは,まさに「戦争の準備行為等」に該当する。被告安倍のこのような意図は,被告靖國神社としても新聞報道等を通じて十分に認識しうるものであり,憲法上問題のあることを知りうるし戦争の準備行為等に該当することを知りうるから,被告靖國神社による本件参拝受入れもまた「戦争の準備行為等」と評価しうる。
さらに,靖國神社は,先の「大東亜戦争は正しい戦争だった」とする歴史観(聖戦思想)に立ち,A級戦犯を合祀しているだけではなく,そもそも戦死者の「追悼」施設ではなく「慰霊」,「顕彰」施設である。すなわち,国のために戦死した者をまつり,国のために戦死することを最大の栄誉としてまつりたたえる靖國神社に参拝することによって過去の我が国の近隣諸国への加害行為を国が美化し,ゆがんだ歴史認識を表明することになり,近隣諸国の不信を招き,近隣諸国との間で緊張を高め,国家安全保障上かえってリスクを増大させることになる。日本国内閣総理大臣による靖國神社公式参拝によるこのような歴史認識の表明は,日本の加害行為によりさまざまな苦痛を味わった近隣諸国の人々の心に,大きな憤りと苦痛と不安をもたらすものである。ましてや,遺族の意思に反して靖國神社に合祀されてしまっている戦没者遺族の気持ちを逆撫でするものである。
3 本件訴訟の意義
上記のとおり,現在の日本の憲法状況は,極めて重大な局面にある。被告安倍は,憲法尊重擁護義務を遵守する意思をもたず,立憲主義を否定する意思を明確にしている。本件参拝も,被告安倍の立憲主義を否定する意思があらわれたものであり,単に,「国のために戦い,尊い命を犠牲にされた御英霊に対し,哀悼の誠を捧げるとともに,尊崇の念を表し,御霊やすらかなれとご冥福をお祈りした」というだけのものではなく,本件参拝は,日本国憲法を最高法規とし,内閣総理大臣を含む公務員はこれを遵守し,これに反してはならないとする法秩序に客観的・一般的に反し,違法であるといわなければならない。また,参拝が違法であると同時に,参拝を憲法上の制約を承知の上で積極的に受け入れた被告靖國神社の違法性も厳しく問われねばならない。
本件訴訟の結果は,日本の今後の方向性を大きく左右する。被告安倍のもくろむ「美しい国」とは,日本を戦争のできる国にするため軍事面での体制強化を図るとともに,人の死の意味付けという極めて宗教的な問題について,国が靖國神社という特定の宗教のもつ信念を国のよって立つ基盤としてこれを国民にこれを称揚し,物心両面において日本を戦争のできる国につくりかえていこうとするものであり,被告安倍の本件靖國神社参拝行為は,憲法第9条違反の具体的な戦争準備の施策とあいまって現行憲法の基本理念を根底から覆そうとするものであって,憲法第20条の定める政教分離原則に明白に違反する。被告安倍の靖國神社参拝は,そのような状況の中で行われた極めて反憲法的な行為であり,これを放置することは憲法の趣旨に反し,このような憲法破壊を防止することは急務である。
本件訴訟において裁判所が憲法の番人として請求の趣旨のとおり判決されるよう切に求める。
第14 結語
よって,原告らは,被告安倍に対しては,内閣総理大臣として靖國神社に参拝することの差し止め,被告靖國神社に対しては,被告安倍の内閣総理大臣としての参拝の受入の差し止めを求める(請求の趣旨1及び同2)。
また,原告らのうち,原告関千枝子及び原告李煕子は,被告安倍が2013(平成25)年12月26日に内閣総理大臣として靖國神社に参拝したことが違憲であることの確認と被告靖國神社が2013(平成25)年12月26日に被告安倍晋三による内閣総理大臣としての参拝を受け入れたことが違憲であることの確認を求める(請求の趣旨3及び同4)。
さらに,原告らは,被告らに対し,各自連帯して,原告それぞれに対し,金1万円及びこれに対する2013(平成25)年12月26日から支払い済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める(請求の趣旨5)。
以 上
証 拠 方 法
1 甲A第1号証 毎日新聞朝刊
2 甲A第2号証 朝日新聞朝刊
3 甲A第3号証 毎日新聞朝刊
4 甲A第4号証 インターネット配信記事
5 甲A第5号証 読売新聞朝刊
6 甲A第6号証 東京新聞夕刊
7 甲A第7号証 東京新聞夕刊
8 甲A第8号証 読売新聞朝刊
9 甲A第9号証 読売新聞夕刊
附 属 書 類
1 訴訟委任状 273通
2 資格証明書 1通
3 訴状副本 3通
4 甲号証写し 各3通