東京靖国訴訟訴状(第2次訴訟)
訴 状
2002年7月9日東京地方裁判所 民事部 御中
原告訴訟代理人
21名原 告 別紙原告目録のとおり
原告訴訟代理人 別紙原告代理人目録のとおり
被 告 別紙被告目録のとおり
国家賠償請求等事件
訴訟物の価額 金 円
貼用印紙額 金 円
請求の趣旨
1.原告 らと被告国との間で,被告小泉純一郎が2001年8月13日に内閣総理大臣として宗教法人靖國神社に参拝したことが違憲であること,被告国が公人としてま たは公務として宗教法人靖國神社に参拝することを禁止する法律を制定すべき憲法上の義務に違反して立法を怠ったことの違憲をそれぞれ確認する。
2.原告らと被告東京都との間で,被告石原慎太郎が2000年8月15日及び2001年8月15日に東京都知事として宗教法人靖國神社に参拝したことの違憲を確認する。
3.被告らは各自連帯して,原告それぞれに対し,金3万円及びこれに対する2001年8月15日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
4.被告小泉純一郎は内閣総理大臣として,被告石原慎太郎は東京都知事として, それぞれ宗教法人靖國神社に参拝してはならない。
5.訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決,並びに第3項につき仮執行の宣言を求める。
請求の原因
1.当事者
(1) 原告らは,いずれもそれぞれの宗教ないし思想信条によって,又は戦没者の遺族として,戦没者を追悼・祭祀し,あるいは日本国憲法にも謳われた「恒久の平和を念願」している者である。
(2) 被告国は,かつて大日本帝国憲法下において,政府の行為として,原告らの肉親を徴兵するなどし,侵略戦争に動員,戦没死・戦病死など戦禍により死亡させたものである。
被告東京都は,東京都の都民の生活と人権を擁護する法的義務を負う地方公共団体である。
(3) 被 告小泉純一郎(以下「被告小泉」という)は,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」と謳う日本国憲法下における,被告国の内閣総理 大臣として,行政各部を指揮監督する職務を担うとともに(憲法72条),同憲法を尊重擁護する義務を負うものである(同99条)。
被告石原慎太郎(以下「被告石原」という)は,東京都の首長であり,東京都の行政機構を指揮監督するとともに,憲法を尊重擁護する義務を負う者である(憲法99条)。
2.被告小泉の靖国神社参拝
(1) 被告小泉は,2001年8月13日,宗教法人靖國神社(以下「靖国神社」という)に参拝した。すなわち,靖国神社本殿に昇殿,戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行った(本件小泉参拝)。
(2) 本件小泉参拝に際し,被告小泉は,同参拝が純粋に私的なものであることを明確にしたことは一度もなく,かえって,靖国神社への往復に公用車を用いる等,被告国の公務として行動した。
(3) さらに,被告小泉は,靖国神社本殿昇殿に先立ち,同神社拝殿において「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した外,祭壇に備えさせていた「内閣総理大臣小泉純一郎」という名入りの一対の供花に対して,金3万円を靖国神社に支払った。
(4) 本 件小泉参拝前から,被告小泉は,「靖国神社の公式参拝は日本人の原点だ。(内閣総理大臣就任後は)日本のために犠牲になった人のために参拝する。」(自民 党総裁選中の公約),「戦争の犠牲者への敬意と感謝をささげるために,靖国神社にも内閣総理大臣として参拝するつもりだ。」(2001年5月14日衆院予 算委員会での答弁)等の発言を繰り返し,内閣総理大臣として参拝する姿勢を終始明確にしてきた。
(5) 本件小泉参拝後,被告小泉は,報道陣の質問に対して,「公的とか,私的とか,私はこだわりません。」と語った(2001年8月14日付朝日新聞)。
(6) そして,2002年4月21日の靖国神社春季例大祭初日には,首相在任中再び靖国神社へ公式参拝した。
3.被告石原の靖国神社参拝
(1) 2000年8月15日,被告石原は,東京都知事として,靖国神社に参拝した。また,2001年7月末ころから,被告石原は,東京都知事として参拝する姿勢を表明してきた。
(2) 被告石原は,2001年8月15日午後0時半ころ,「東京都知事石原慎太郎」と記帳の上,靖国神社本殿に昇殿し,戦没者の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行った(本件石原参拝。なお,本件小泉参拝と本件石原参拝をあわせて「本件両参拝」という)。
(3) 本件石原参拝後の記者会見において,記者の公式参拝かとの問いに対し,被告石原は,「そういうくだらんことは聞かないの!」「当たり前だろう。都庁から来たんだから。」「東京都知事と言ってるだろう。」などと回答し,東京都知事としての公式参拝であることを明確にした。
4.本件両参拝の違憲性
(1) 靖国神社の宗教団体性
靖国神社は,宗教法人法に基づき,東京都知事の認証を受けて設立され た宗教法人であって,宗教上の教義,施設を備え,神道儀式に則った祭祀を行う宗教団体(宗教法人法2条,憲法20条1項)であり,神道の教義をひろめ,儀 式行事を行い,また,信者を教化育成することを主たる目的とする神社というべきである(大阪高裁平成元年 (ネ)第2352号損害賠償控訴事件 関西靖国訴訟控訴事件 1992年7月30日判決)。
(2) 本件両参拝の宗教行為性
@ 靖国神社の本殿には礼拝の対象である祭神が奉斎されている。同神社の祭神は,一部原告らの肉親を含む戦没者等の霊である。
A 被告小泉及び被告石原は,前記のとおり,靖国神社本殿に昇殿,戦没者等の霊を祀った祭壇に黙祷した後,深く一礼を行ったが,宗教法人の宗教施設において,その祭神に拝礼することは,典型的な宗教行為である。
(3) 靖国神社への強いこだわり
@ 被告小泉 は,自民党総裁選中から,内閣総理大臣就任後,8月15日の敗戦記念日(韓国では,「光復節」と呼ばれている)には靖国神社へ参拝することを明言し,固執 し,これに再考を促す自民党内部からの意見にも,野党の批判にも,韓国,中国政府及び一部原告を含む同国民等からの中止要請にも耳を傾けようとしなかっ た。
A 一方,5月14日衆院予算委員会での答弁で,被告小泉は,野党からの質疑に対し,戦没者の追悼のための儀式として,「終戦記念日(敗戦記念日)に行われ る政府主催の全国戦没者追悼式が不十分だと思ったことはない。」と答弁し,現に本件参拝後の8月15日,政府主催の全国戦没者追悼式に出席し,式辞を読ん でいる。
B このように,全国戦没者追悼式が行われ,内閣総理大臣として自らこれに出席し,式辞まで読み上げ,戦没者を追悼する儀式として同式典が不十分だとは認識 していないと明言しておきながら,なお被告小泉は,「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが,靖国神社に参拝することが憲法違反だ とは思わない。」,「宗教的活動であるからいいとか悪いとかいうことではない。A級戦犯が祀られているからいけない,ともとらない。私は戦没者に心からの 敬意と感謝をささげるために参拝する。」(5月14日衆院予算委員会での答弁)等と,靖国神社参拝に強くこだわった。
被告小泉は,参拝について内外の強い批判が高まる中でも,(参拝をするかしないか)「熟慮する。」と言い,結局13日に日程を前倒しする形で参拝を強行した。
C かように,被告小泉は,内閣総理大臣としての資格を有する本年,あえて内閣総理大臣として靖国神社に参拝することにこだわり続け,現に参拝したのである。
(4) 戦没者追悼の形
@ 政府主催の全国戦没者追悼式が毎年実施されており,被告小泉も国を代表してこれに出席したように,戦没者等を 追悼することは,宗教行為によることなく可能である。にもかかわらず,屋上屋を架すかのように,あえて内閣総理大臣としての靖国神社参拝という形を加えな ければならない理由は何もない。
仮に,被告小泉のいう「戦没者に敬意と感謝をささげる」ことが,追悼以上の何らかの意味を包含するものであっても,宗教に関わりなくすることが可能であり,まして,これをする形が内閣総理大臣としての靖国神社参拝以外にありえないというものではない。
A 愛媛玉串料違憲訴訟に関する最高裁大法廷判決(平成4年(行ツ)第156号 損害賠償代位請求事件 1997年4月2日)は,まさにこのことを,次のとおり明確に指摘している。
「戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は,本件のように特定の宗教と特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができると考えられる。」
(5) 宗教的活動該当性
戦没者等の追悼,あるいは「戦没者に敬意と感謝をささげる」こと,さらにまた「戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体」は,「特定の宗教と特別のかか わり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができる」(前掲愛媛玉串料最高裁大法廷判決)にもかかわらず,被告小泉は,敗戦記念日に靖国神社に被告国を代 表する内閣総理大臣として参拝することに強くこだわり,その後参拝日を2日間前倒ししたものの,本件小泉参拝を行った。
ところで,このような靖国神社への特別のこだわり,ないしかかわり合いをどう評価するかに関連して,前掲の愛媛玉串料最高裁大法廷判決は,次のように判示している。
(愛媛県 知事が靖国神社の例大祭,慰霊大祭に際し,毎年玉串料を支出してきたという)「本件においては,県が特定の宗教団体の挙行する同種の儀式に対して同様の支 出をしたという事実がうかがわれないのであって,県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。これ らのことからすれば,地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは,一般人に対して,県が当該特定の宗教団 体を特別に支援しており,それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得 ない。」
この愛媛玉串料最高裁大法廷判決は,玉串料の支出という現場に出向かない行為ですら,県が靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない,と断定しているのである。
玉串料支出との比較からすれば,国民と世界が注視している中で,被告小泉が内閣総理大臣として靖国神社参拝を行った本件ではなおのこと,被告国が靖国神社との間にのみ,きわめて意識的に,特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。
同大法廷判決は続けて,県が特定の宗教団体である靖国神社に対してのみ,本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは,一般人に対して,県が靖国神社 を特別に支援しており,靖国神社が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,靖国神社という特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざる を得ないと判断している。
玉串料の支出ですらそうであるなら,被告小泉が被告国を代表して内閣総理大臣として靖国神社に本件参拝をするという形で特別のかかわり合いを持つことは, 一般人に対して,被告国が靖国神社を特別に支援しており,靖国神社が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え,靖国神社という特定の宗教へ の関心を呼び起こすものといわざるを得ない。
以上の事 情から判断すれば,被告小泉が被告国を代表して内閣総理大臣として靖国神社に本件小泉参拝をしたことは,愛媛玉串料最高裁大法廷判決が県の玉串料支出を宗 教的活動と判断したよりさらに明確に,その目的が宗教的意義を持つことを免れず,その効果が特定の宗教に対する援助,助長,促進になると認めるべきであ り,これによってもたらされる被告国と靖国神社のかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって,憲法20条 3項の禁止する宗教的活動に当たる。
このことは,岩手靖国住民訴訟控訴審判決(仙台高裁1991年1月10日)においても,下記のように明言されている。
「内閣総理大臣の靖国神社公式参拝は,その目的が宗教的意義を持ち,その行為の態様からみて国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こす行為 というべきであり,しかも,公的資格においてなされる右公式参拝がもたらす直接的,顕在的な影響及び将来予想される間接的,潜在的な動向を総合考慮すれ ば,右公式参拝における国と宗教法人靖国神社との宗教上のかかわり合いは,我が国の憲法の拠って立つ政教分離原則に照らし,相当とされる限度を超えるもの と断定せざるを得ない。したがって,右公式参拝は,憲法20条3項が禁止する宗教的活動に該当する違憲な行為といわなければならない」
(6) よって,被告小泉が被告国の内閣総理大臣としてなした本件小泉参拝は,明確に違憲である。
(7) 以上のことは,人口1200万人以上を擁する,特別に巨大な自治体である東京都の代表として東京都知事が参拝したという本件石原参拝においても,同様に妥当する。
5.原告らの権利,ないし法的に保護された利益の侵害
(1) 憲法20 条は信教の自由を保障すると言われる。「第3章国民の権利及び義務」に規定されている以上,同条によって規定されている内容は全て人権として把握すべきも のである。よって,いわゆる政教分離原則も,国民にとっては政教分離を侵されない状態が人権としての法的保護があるものと考えるべきである。
(2)@ 原告らのうち,被告国が惹き起こした戦禍により肉親の命を奪われた者 (戦没者等遺族)は肉親を死せる者を生きながらえる者とに分断された。かかる重い事実を必然的に受け止めた戦没者等遺族は心安らかに戦没者ら平穏に追悼す る自由を希求してきた。かかる自由は,日本国内・国外・国籍を問わず戦没者等遺族に共通するものである。特に,意に添わぬ併合と,「皇国民」として日本人 であることを強いられた経験を有する者にはその思いが強い。
A また,原告らのうち仏教とやキリスト教徒など宗教者は,さらに,憲法20条の保障によって,自ら信仰する宗教の教えに基づいて信仰の自由を有している。
B 憲法20条の保障は,内容として「いかなる信教をも信仰しない自由」も当然に及んでいる。その意味では,自ら何か特定の信仰を持たない者も,当然にその信教の自由を有している。
C 加えて,原告らのうちには,日本国憲法にも謳われた「恒久の平和を念願」している者もいる。
原告は, 自らの思想,信仰において,さきの戦争で多くの戦没者を生んだとの不条理な事実を咀嚼し,生き続ける意思を汲み上げるために,原告ら各自が,戦没者の死に ついて,それぞれの宗教的立場(あるいは非宗教的立場)でこれを意味づけ,他人からの干渉・介入を受けず静謐な宗教的(あるいは非宗教的)環境のもとで, 戦没者等への思い,及び平和への思いを巡らせてきたのである。
(3) これらの 人々にとっては,戦没者等を「英霊」として靖国神社に祀られるべき謂われはない。例えば,戦没した人々は,大日本帝国憲法下の被告国の誤った政策の「犠牲 者」であったと同時に,戦場となったアジア諸国の民衆にとっては,その生活を破壊し,数千万人もの命を奪った「加害者」でもあったと,認識している原告も いる。
その意味で,原告らは,戦没者の死を今も痛恨の思いで深く悼み続けてはいるが,決して被告国自身や国の一部をなす東京都から敬意や感謝を捧げられるべきものとは考えていない。
この認識や思考は,原告らの戦没者等への思いの根幹をなしているのであり,信仰・思想と不可分一体をなしている。
かような戦没者等への思い及び平和への思いを巡らせる自由は,宗教的人格権(憲法20条1項前段,13条),思想信条の自由(憲法19条,前文,9条)として尊重・保障されなければならない。
(4) しかる に,被告小泉と被告石原が参拝に固執した靖国神社は,戦没者等を祭神に奉斎し,英霊と讃えて慰霊顕彰している特定の宗教施設である。内閣総理大臣である被 告小泉と東京都知事である被告石原が本件参拝に固執したことによって,被告国及び被告東京都が戦没者等を英霊として慰霊顕彰する靖国神社の特殊な信仰・思 想が援助・助長・促進された。その結果必然的に,原告らの有する信仰や思想に対する圧迫・干渉がもたらされた。そのため,原告ら各自が,それぞれの宗教的 立場(あるいは非宗教的立場)でこれを意味づけ,他人からの干渉・介入を受けず静謐な宗教的(あるいは非宗教的)環境のもとで,戦没者等への思いを巡らせ る自由が侵害された。
また,平和への思いを巡らせる自由も侵害された。
(5) また,原 告らのうち宗教者及び積極的に無宗教の立場をとる者については,被告らが靖国神社という一宗教法人を称揚することによって,自らの信仰が劣位に置かれるこ とによる苦痛を受けた。靖国神社への信仰が,単に教えが違うといったレベルの問題ではなく,自らの信仰の内容と決定的に矛盾を持つだけにその苦痛には極め て深刻なものがある。
この侵害は,この意味で原告らの宗教的人格権(憲法20条1項前段,13条)を侵害している。
6.在韓原告らの権利,ないし法的に保護された利益の侵害
本訴訟においては,在韓の韓国・朝鮮人が多数原告に加わっている。以下,在韓の韓国・朝鮮人原告の被った侵害について特に付言する。
(1) 日本による朝鮮植民地政策と靖国神社
@ 朝鮮神宮の設営と参拝強制
長期化・大規模化する侵略戦争を遂行するために,日本は,国家総動員体制をとり,他民族である韓国・朝鮮人を「日本臣民」として戦争に駆り立てるた め,朝鮮総督府が先頭に立って,同化政策を推進してきた。そして,その極限として「皇民化政策」すなわち,韓国・朝鮮人を天皇の赤子に仕立てあげる政策を 強行した。
その目的遂行のために,皇国臣民の誓詞の制定,日本国旗掲揚,宮城遥 拝,日本語強制,創氏改名などが次々と行われた。国家神道の利用も皇民化政策の一環である。1925年には,日本は,ソウルの南山に官幣大社としての朝鮮 神宮を設営し,1930年代半ばから一面(村)一神社の計画も推進した。また,各家庭においても神道式の礼拝棚を作らせ,天照大神のお札を買わせ,毎朝の 礼拝とともに,神社への参拝も奨励した。
例えば,日本は,朝鮮半島におけるキリスト教信者に対して神社参拝を 強制させた。多くのキリスト教徒がこの強制参拝に抵抗したために,朝鮮総督府による弾圧と懐柔策が強化された。このとき行われた弾圧によって閉鎖を余儀な くされた教会,投獄され獄死した信者は多数にのぼる。
以上のような皇民化政策によって,日本は韓国・朝鮮人から民族の誇りを奪い,韓国・朝鮮人を日本の侵略戦争に駆り立てるための精神的な基盤を築こうとしたのである。
A 韓国・朝鮮人の意に反した侵略戦争参加と靖国合祀
日本は以下に見るように,多くの韓国・朝鮮人を強制的に軍国主義に加担さ せた。
まず,日本は,侵略戦争遂行のために,1944年以降,朝鮮半島にお いて徴兵制を実施し,多くの韓国・朝鮮人を日本軍に編入した。また,多数の韓国・朝鮮人を軍属として日本軍へ組織化していった。加えて,日本の一般企業へ の強制的な徴用が行われ,いわゆる労務者として労働させられた者もいる。
なかでも,軍隊においては,武器を有する韓国・朝鮮人の反乱を防止する必要が高かったために,徹底した皇国民教育が行われ,日本国民への精神的な同一化が図られた。その教育の中で,国家神道も大きく利用された。
日本は,無謀な侵略戦争遂行のために,韓国・朝鮮人をいわば戦場での使い捨ての労働力として狩り出し,犠牲を強いたのである。日本軍に組織された朝鮮 半島出身の軍人・軍属は,アジアにおける日本の侵略戦争に加担させられた。そして,戦争遂行の過程で命を落としたものは,日本人と同様,望むと望まざると にかかわらず,靖国神社に合祀されているのである。
(2) 本件訴訟と在韓原告の思い
@ 在韓の原告の構成
本件訴訟において,韓国に在住する原告らは,みな社団法人「太平洋戦争犠牲者遺族会」(第1次提訴原告)に所属する者である。原告らは,先の大戦にお いて日本軍としてアジアへの侵略戦争に強制的に加担させられた軍人・軍属,労務者らの遺族および日本軍元「慰安婦」である。
A 靖国神社参拝の報道
被告小泉による靖国神社公式参拝がいよいよ行われるという情報が大きく報道される中,2001年8月10日,上記太平洋戦争犠牲者遺族会の会長金鍾大 ら9名は来日した。金会長らは,同月11日,靖国神社に直接訪れ,「私たちの肉親が,『天皇や日本のためによく戦い,尽くして死んだ』として,私たちに何 の相談もなく勝手に『英霊』として,日本人戦犯と一緒に靖国神社に合祀されていることは断じて許せない。これは,私たちの親・兄弟を2度犠牲にすることで あり,屈辱以外のなにものでもない」などと訴えて,肉親の合祀取り下げを求めた。
また,金会長らは,被告小泉による靖国神社参拝がなされないように,同月11日から13日にかけて,靖国神社や国会前などで断食をして抗議を行うとともに,上記遺族会の名で,ときの内閣総理大臣被告小泉宛てに内閣府を通じて参拝の中止を求める要望書を提出した。
しかし,同月13日に被告小泉,同月15日に被告石原による靖国神社公式参拝は断行された。
このニュースは,全世界において大きく取り上げられ,韓国をはじめアジア諸国は,この参拝に対して抗議声明等を出している。また,上記遺族会を代表する金会長らも,抗議アピールを行い,靖国参拝反対の署名を数多く集めた。
B 在韓原告らの甚大な精神的被害
靖国神社への公式参拝による在韓の韓国人原告らの精神的な被害は極めて甚大である。
なぜなら,在韓原告らの最愛の肉親は,軍人・軍属らとしてその意に反 して日本軍に組織化され,植民地支配の犠牲者・被害者となったにもかかわらず,その肉親は数千万人の命を奪ったアジアへの侵略戦争の加害者にさせられてお り,しかも死して数十年経過した今もなお靖国神社が「魂」を強制的に祀り,こともあろうに「英霊」として慰霊顕彰し続けているからである。いまもなお,在 韓原告らの最愛の肉親は,その名誉を回復する機会を与えられていないままである。
日本軍においては,軍人・軍属らとして天皇に忠誠を尽くさせるために,韓国・朝鮮人に対して特に皇民化政策が徹底されたが,その中心にあったのは常 に,朝鮮神宮であり,靖国神社であった。このような経緯に鑑みるならば,在韓の原告らにとって,靖国神社は肉親の「魂」を縛り付けている精神の牢獄に他な らない。日本の公人が靖国神社に参拝することは,韓国・朝鮮人軍人・軍属らにとっては耐えがたい屈辱に他ならない。それと同時に,その肉親である在韓原告 らも,肉親を愛するがゆえに同様の侵害を被るのである。
加えて,戦後日本政府は,日本人軍人・軍属やその遺族には,莫大な費 用を投じて手厚い援助(恩給等)を行う一方で,朝鮮半島など旧植民地出身者には「日本人ではなくなった」という理由から,生死の確認や遺骨の収集すらせ ず,しかも被害補償をほとんどしてこなかった。この事実が,さらに在韓原告らの屈辱感を大きなものにしている。
C 決して許されない靖国公式参拝
靖国神社への公式参拝は,以上に見てきたとおり,在韓の原告らの静かに祖先を弔う思想信条および民族としての人格権を踏みにじるものであって,決して許されるべきものではない。
在韓原告らは,靖国神社公式参拝による甚大な精神的苦痛を看過することができず,本件訴訟に及んだのである。
7.被告らの法的責任
(1) 国家賠償法1条1項,民法709条に基づく責任
@ 立法の不作為の違憲
ア 上述したとおり,被告小泉・被告石原の本件両参拝は典型的な宗教行為であり,憲法20条1項後段,同条3項に反する明確な違憲行為である。
それとともに,被告国は,かように憲法違反の問題を生じる靖国参拝について,公務・公人としての参拝を禁じる立法措置を講じるべき義務があったのにこれを怠った違法がある。
イ 立法を促す数々の立法事実
@ 靖国参拝に対する日本国政府自身の自制措置
日本国政府は,1980年11月17日,「奥野法相発言に関する政府統一見解」のなかで,靖国参拝につき要旨以下の内容を述べている。
「(国務大臣の靖国参拝について)政府としては,内閣総理大臣及びその他の国務大臣が,国務大臣の資格で靖国神社に参拝することは,憲法20条第3項との関係で問題があるとの立場で,従来から一貫している。 政府としては違憲とも合憲とも断定してはいないが,従来から事柄の性格上,慎重な立場をとり,国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは差し控えることを,一貫した方針としてきたところである。 」
すなわち,政府自身が「国務大臣の資格で靖国神社に参拝することは,憲法20条第3項との関係で問題がある」旨「従来から一貫し」ていると言っているのであり,政府自身が靖国参拝の違憲性を認識していたことは明らかである。
その上で,「違憲とも合憲とも断定してはいない」とは言いつつ も,靖国参拝については「慎重な立場」を求め,「国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは差し控える」ように「一貫した方針」を取るというのであ るから,政府自身が靖国参拝には憲法上の疑義があること,及び,靖国参拝禁止立法の必要性を認識していたことは明らかである。
A 司法府の度重なる警告
1985年8月15日の中曽根康弘内閣総理大臣(当時)の靖国参拝を争った訴訟において,大阪高裁は1992年7月30日判決で「公式参拝は憲法20条3項,89条に違反する疑いがある」と指摘した。
また,玉串料の支出を争った愛媛玉串料最高裁大法廷判決は,玉串料の奉納について「宗教的意義」を有し,それがもたらす県と靖国神社とのかかわり合いは「特定の宗教に対する援助,助長,促進」として憲法20条3項,89条違反であると明確に述べている。
このように,靖国参拝を巡っては,司法府が度重なる違憲ないし違憲の疑いとの警告を発し続けてきているのである。
B 諸外国の厳重な抗議
靖国参拝を巡っては,日本における軍国主義復活に対する警戒心なども背景に,諸外国から度重なる抗議が行われた。
例えば,中華人民共和国は,上記中曽根靖国参拝に関して厳重な抗議を行い,ために,中曽根康弘内閣総理大臣(当時)は翌年1986年に胡耀邦総書記に当てて釈明の書簡を出すとともに,公式参拝の中止を声明せざるを得なくなった。
ウ 国会の立法義務及びその懈怠
以上の事実から,国会には,遅くとも1986年の中曽根康弘内閣総理大臣(当時)の公式参拝中止声明以降,公務・公人としての靖国参拝を禁止する立法をなすべき義務が生じていた。
この点に関し,特に1985年の第102回国会以降,靖国参拝を巡って様々な議論が国会で展開され,例えば,靖国神社以外の参拝施設を建設して参拝すべきとの立法提言などもなされたが,現在に至るまで公務・公人としての靖国参拝を禁止する立法はなされていない。
エ 靖国参拝禁止に関する立法不作為で問題となっている憲法上の制度は,国の宗教的活動の禁止という極めて明瞭な禁止命題である。かかる命題に反して立法不作為を放置した点については,国家賠償法上の違法と評価されるものである。
A 被告らは,本件両参拝によって,人権規定たる政教分離規定(憲法20条1項後段,同条3項)を侵害した。また,上記の原告らの宗教的人格権(憲法20条1項前段,13条),平和を希求する思想信条の自由(憲法19条,前文,9条)をも侵害した。
B 本件両参拝は,国家公務員である被告小泉及び被告石原が,靖国神社への強いこだわりと信念に基づいて行ったものであるから,故意又は重大な過失に基づく侵害である。
よって,以上の侵害は,被告国及び被告東京都については,国家賠償法1条1項の違法を構成するものであり,被告小泉及び被告石原については,民法709条の違法を構成するものである。
C 以上の侵害による損害額は,原告それぞれによって違いはあるものの,どんなに低く検討しても原告1人につき金3万円は下らない。
(2) 差止め請求
本件両参拝によって,原告らは前記のとおりの被害を被った。ところで,被告国の長である内閣総理大臣による靖国神社参拝は,これまでも根強い反対世論や,本訴同様の訴訟提起(しかも下級審においては違憲との判断もある)にもかかわらず敢行されてきた。
また,被告小泉は,敗戦記念日ないしはその前後に靖国神社を参拝することを,一国の首相としての立場から当然に行うべきであるとの信念を持っているかのごとく発言してきたのであり,いかなる批判や反対をも押し切ってこれを断行する強い意思を有していることが明らかである。
被告小泉は,2001年11月1日に大阪地裁などで提起された靖国神社参拝違憲訴訟について,この訴訟の原告について「おかしな人たち」と発言している。被告小泉には,このように靖国神社への参拝について批判を受けてもなお,一向に考えを改める意思がないのである。
しかも,靖国神社自身も内閣総理大臣による公式参拝を強く求めている。
そして果たせるかな,被告小泉は,2002年4月21日という靖国神社春季例大祭の初日にあたる日に,再び靖国神社公式参拝を敢行したのである。
以上からすると,今後も被告小泉による靖国神社公式参拝が繰り返し行われる恐れはきわめて強いことが明らかである。
また,被告石原は,靖国神社への参拝が当然であることを繰り返し発言 している。最近でも,2002年6月18日に東京都議会において,被告石原は古賀俊昭議員から靖国参拝について質問を受けた際に,「総理になろうが,なる まいが,8月15日に参拝をさせていただきます」と答弁している。これまでの都知事在任中2年連続して靖国神社に参拝していることからしても,今後も継続 して公式参拝する危険性がきわめて高いことが明らかである。
本件における被侵害利益は,人格権というきわめてデリケートな精神的内面的世界に関するものであり,事後に損害賠償を求めて争う途があるというだけではその保護はきわめて不十分と言える。
よって,原告らは,請求の趣旨4項記載のとおり,被告小泉純一郎及び同石原慎太郎の靖国神社公式参拝行為の差止めを求める。
8.結論
よって,原告らは,@被告国及び被告東京都との間で違憲確認を求める とともに,A被告らに対し,被告国及び被告東京都については国家賠償法1条1項に基づき,故意または重大な過失があった被告小泉及び被告石原についても民 法709条に基づき,連帯して原告らそれぞれに対し金3万円および不法行為の日である2001年8月15日から完済まで,民法所定の年5分の割合による遅 延損害金の支払を求め(金額及び日時についてはいずれも一部請求),B人格権を根拠に,被告小泉の内閣総理大臣としての,被告石原の東京都知事としての, 靖国神社への公式参拝の差し止めを求める次第である。
付 属 書 類
1 訴状副本 4通
2 訴訟委任状 通
原 告 目 録
原告訴訟代理人目録
被告目録
被 告 国
代表者法務大臣 森山真弓
被 告 小 泉 純 一 郎
住 所 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2−8−1
被 告 東京都
代表者東京都知事 石 原 慎 太 郎
住 所 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2−8−1
被 告 石 原 慎 太 郎